女性が輝き、家族と地域へ
幸せの循環を生み出すショップスペース
複合施設/wagamama house
Writer山本 倫子
かつて岡崎の中心市街地は、デパートや賑わいのある商店街、プールや映画館などのレジャー施設も揃い、多くの人が集まる場でした。毎月二と七の付く日に朝市が開催される通称「二七市通り」に約50店舗あった商店は、後継者の高齢化や不在により今では10店舗ほどまで減少し、人通りの少ない寂しい雰囲気に。しかし、ここ数年はこだわりのあるお店やショップ、空き店舗や空きビルを活用したリノベーション事業が徐々に増え、少しずつ変化の兆しを感じられるエリアとなってきました。
そんなエリアに2016年10月4日、「リノベーションスクール@岡崎」の第一号事業化案件として、地域の子育てママや女性が輝ける場所「wagamama house(わがママハウス)」がオープンしました。「wagamama」は、「我がママ」と「わがまま」の意味。「ママである私も、”何かのため”からまずは自分のために」「自分らしく心地よい暮らしを見つけてもらえるように」という想いが込められています。
「wagamama house」内にある「hokurani food(ホクラニフード)」の店主を務めるのは、第一回リノベーションスクールの受講生・中根利枝さん。丁寧につくられている調味料と無農薬野菜や地元の美味しい野菜を中心としたお惣菜屋さんを始めています。
上)「wagamama」の運営メンバー。写真左から三河家守舎の山田さん、「SAPON」の中野さん、「hokurani food」店主の利枝さん、開店前のサポートをしてくれた久保田さんと「wagamama」の絵美さん(撮影:中根隆二)
下左)「wagamama house」店内の様子。厨房の右側が「hokurani food」、左側が菓子工房「SAPON」。厨房では地域のママたちが活き活きと働いている(撮影:山本倫子)
下右)「hokurani food」では、イートインも可。「hokurani」の意味はハワイ語で「きらめく星」。「忙しい毎日にほんの小さなご褒美を届けたい。幸せな食卓のお手伝いが出来ますように」という願いが込められている(撮影:山本倫子)
上)二七市が開催されるのは、対象物件前の通り。開催時には歩行者天国となり、近隣や岡崎市内から数十の露店が出店。昔からの地域のつながりが感じられる
下左)改修前の対象物件内。家具屋さんだった名残で、タンスなどの家具が多く並ぶ
下右)改修前の外観。タイル貼りとアーチ型が印象的。この後サッシ枠をアイアン塗装するなど、手が加えられた(撮影:すべて山本倫子)
リノベーションスクールの対象物件として利枝さんが出会ったのは、二七市通りに面した築32年の2階建て店舗。「上野屋家具店」として7年前まで営業されていました。「若い頃、このあたりはショッピングもできて友人とよく遊びに来ていました。デパートの中のジュエリーショップで働くきれいな女性に憧れて、私も働いていたんです」と、育ち・学び・遊び・働いた思い出の地だったようです。
利枝さんをスクールに誘ったのは、このスクールでサブユニットマスターを務めていた三河家守舎の山田高広さん。岡崎の第一号家守会社として自らもリノベーション物件を手掛ける山田さんは、なんと後に出資者、そして大切なパートナーとなることに。さらに、この物件1棟を借り、利枝さんが代表を務めるLLP「wagamama」へサブリースする形になりました。
利枝さんは、自らの子育て体験や岡崎市駒立町にあるぶどう農家で14年間働いた生産者としての想い、当時始めて間もなかった料理教室主宰としての想いから、「素材の味を活かす調味料屋さんと素材を見つめ直す料理教室をやりたい」と考えていました。
当初計画した事業案は、「食や英会話、ヨガやクラフト等、好きで得意なことを活かしたいママがそれぞれ利用出来る会員制のレンタルスペース」というもの。利枝さんはスクール中、その会員メンバー集めのために友人たちへ電話をかけます。そこですぐに駆けつけてきてくれたのが、後に「wagamama」設立メンバーとなる義理の妹の絵美さん。英語保育士として勤務している絵美さんは、「本当にしたい“保育”がどんどん出来なくなってきていて、“食”は子育てと密な関係にあるし、利枝ちゃんと同じ考えを持っていたから一緒にやりたいと思った」と話します。
左)デリ出店の決心後、「つくってみないと分からない」ということで、まずは約10人分のデリを調理してシミュレーション。初めて色々な人に食べてもらい受け取った「美味しい」の言葉が背中を押してくれた(撮影:山本倫子)
右)「wagamama」の事業スキーム。今後、2Fは別の事業者へ転貸、1Fでは余白空間を使ったポップアップビジネス利用者からの利用料収入を増やし、より早く回収し利益が出るよう計画を進めている(資料提供:三河家守舎、wagamama)
大奮闘のスクールが閉会すると、すぐに事業化へ向け動き出しました。主となる事業は、利枝さんのこだわる「食」からぶれることはありませんでしたが、事業の展開方法に頭を悩ませます。
始めは会員制として同じ想いを持つ女性が集まり、その会費を収入とする計画でしたが、なかなか思うようにメンバーが集まらなかったのです。当初は、料理教室だけを自前でやろうと予定していた利枝さん。しかし、「もう私がやるしかないんだ」と、利枝さんはついに自らが店を出すことを決心します。「デリはいつでもどこでも食べられるし、もっとみんなに”自由に”食べて欲しい。毎日家でご飯をつくっていることが仕事にできるかも」と、自分も欲しかったお惣菜屋さんを始めることにしたのです。
コンセプトづくりから事業計画作成、細かい収支計画まで、三河家守舎の山田さんとともに詰めていきます。事業スキームは、三河家守舎がオーナーから物件を5万円で借り、「wagamama」が三河家守舎からサブリースの形で借りて、家賃として12万円支払う形。通常ならば不動産オーナーが初期投資する工事費用ですが、三河家守舎が100%負担し、450万円ほどかけて改修。一方で、工事中の家賃の減免と3年間の定額家賃をお願いしました。
というのも、子育てをしながら働く主婦にとっては、今ある幸せや子供との時間を削らずに大きな投資でビジネスに乗り出すことは難しく、大きな壁となります。そこで、主婦には負担となる金銭的リスクとビジネスの組立てを家守が担う形で出発し、主婦たちが現場で事業を動かす。家守たちは継続した家賃収入で初期投資を回収し、収益へと繋げていくことが出来るという仕組みです。
「山田さんの存在は気持ち的に全然違う。たまにキャパシティ以上のものを求められることもあるけれど、自分の器を広げてもらった。彼はちゃんと未来をみているから」と、利枝さん。山田さんも「普段子育てや家事で家にいるママたちがまちに飛び出してくることができたら、それだけでまちに変化が生まれる。暮らしに対する向き合い方が丁寧だし、人生経験だって豊富。やっぱり暮らしをつくるのはママなんだな」と、お互いに敬い合う気持ちと信頼があって成り立っている関係性が、事業化への後押しになっているようです。
左)「マネーの獅子!」一次審査前夜。プレゼン資料の最終調整で深夜に集結(撮影:久保田桃子)
右)最終審査のプレゼン。「全然お金のにおいがしない」など厳しい指摘を受ける場面も(撮影:小川貴之)
ちょうど事業計画を繰り返し練っている頃、『リノベーションまちづくりサミット!!!2016』にて、新しいまちづくりのプレイヤーたちを支援するための企画『マネーの獅子!』に出場することに。「wagamamaのプロジェクトは共感してくれる人が多いはず。出資という形で確信へとつなげられるのではないか」と思い、挑戦を決意したのだそう。希望した金額は62万円。基盤となる事業計画に、さらなる価値を向上させる為の空間づくりと、自動的な収益を生む仕掛けをつくるため、レンタルボックスや移動販売車の制作費用、2階の新たな活用ができるような設備整備費用を支援金として希望しました。それによって、店舗内で使われないスペースでのポップアップビジネスやイベントによる収入を増やす方法を考えました。
審査では事業計画の甘さを厳しく指摘されつつも、なんとか支援金52万円を獲得。実際は、必需品となる厨房備品や容器、食器類、レジなどの販売備品などの開店準備資金として使うことに。「支援金がなければ、いくつか妥協してしまっていたかも。本当に感謝している」と利枝さん。また、当初予定していた使用用途の事業は、少し形を変えながらも三河家守舎の山田さんが既に準備を進めているそう。
しかし、支援金を獲得し確かに共感は得られたものの「事業を成立させるためにはきれいごとだけでは続かないこと」「出資してもらう責任の大きさ」を改めて認識し、組織設立を前に各メンバーの役割を再確認します。ここでメンバーが再構成され、新たにお菓子作りのメンバーが「wagamama」の事業に加わります。菓子工房を借りて「wagamama」へ家賃を支払う形での強力なパートナーとなりました。
左)「wagamama」のふたり。右が姉の利枝さん、左が義理の妹の絵美さん(撮影:山本倫子)
右)「hokurani food」で働くママたち。「前の仕事は愚痴が多かったけど、今はすごく楽しい。家族も喜んでくれている」と笑顔で話してくれた(撮影:山田高広)
「マネーの獅子!」の支援金を振り込んでもらうための条件は、組織を設立すること。「組織化しないと、何かあった時に無限に責任を問われてしまう。組織をつくった方が実はリスクが小さい」とユニットマスターの嶋田洋平さんからアドバイスを受け、登記費用や法人税の負担が少なく設立しやすいLLP(有限責任事業組合)で進めることに。
申請方法はインターネットや本で調べて作成し、法務局の担当者に教えてもらいながら書類を完成させます。通常はお金を払って司法書士に依頼する登記や申請も自分たちで手続きをし、約15万円分節約。ただ、岡崎市ではLLPの前例が1件しかなく、保健所や法務局、銀行などあらゆる機関で取り扱い出来る人が少なく、日数や時間が余分に掛かったという予想外の苦労もあったようです。
「LLPはふたり以上でなければ設立出来ないので、ひとりで起業する場合は選択出来ません。また、組合員への報酬支払いは年1回に限られる(雇用者への給料支払いはいつでも可能)というのは、覚えておいた方が良いですね。旦那さんの収入があるママの小さな起業には、合っているのかも」とLLP申請を担当した絵美さんは話します。
上)特別に「Handi House project」と「パーリー建築」がコラボした一日。彼らのレクチャーを受けながら、子供たちは目を輝かせながら作業をしていた(撮影:takuto)
下左)小学生から中学生、パパも一緒に「パーリー建築」と解体工事。学校では教えてもらえないことを現場で体験(撮影:山田高広)
下右)「Handi ペイント パーリー」終了後の集合写真。約30名の子供と大人が夢中にペンキ塗りを行い、普段は通り過ぎるだけだった場所が「まちの思い出の場所」になった(撮影:takuto)
おおまかなレイアウトは設計士さん、内装プランは山田さんが担い、少しでも施工費を抑えるために改修は旅するセルフリノベ建築集団「パーリー建築」に依頼。常に現場をまちへ開き、Facebookで進捗状況を毎日更新することで市内外から多くの人が駆けつけ、解体工事から木工事下地までの工程を一緒にセルフリノベしていきました。
その後は、大工さんや設備屋さん、電気屋さんが入り、工事を進めます。しかし、ここからが大変な時期だったとか。迫ってくるオープンを前に増すばかりの不安に加え、予想以上に物件が広く、材料費や人工(建築に関わる専門職の人が1日に働く作業量)が嵩んだり、工期の延びやインテリア、什器、備品などの手配と予算調整に追われました。
「精神的につらいことも沢山あったけど、今は全部失敗じゃなかったって思えます。結果的にこの形で良かったんだなって。頭で考えててもしょうがなかったと思う。色々な分野でサポートしてくれる人がいたからここまでやって来られました」と笑いながら話す利枝さんの言葉は、まさに経験者してこその言葉。
そして、ご近所へ向けたプレオープンから11日後、ついにグランドオープンを迎えます。オープンからしばらくは関係者やご近所の方が多かったそうですが、最近は少し遠方から訪れてくれる人も。「お客さんがお客さんを呼んで来てくれる。何度も通ってくれる人の中には、マイランチボックスを持参してくる人も出てきて嬉しい」と利枝さん。容器代が掛からないのはもちろん、出来るだけゴミを少なくしたいという想いから推奨しているそう。
「ずっと主婦やママが愚痴を言っているような場所にはしたくないって思ったんです。ここに来たら、元気になれたとか、少しでもポジティブな気持ちになって帰ってもらえるような場所にしたい。ここで働く人も、お惣菜を買いに来てくれる人も、食を通して暮らしを豊かにする何かのきっかけになればうれしい」
今後は、デリのメニューを学べるお料理教室の開催とデリの厨房を任せられるスタッフを増やし、営業日や時間、メニューの拡大をして、より多くの人に提供出来るようにすることが目標。そして、生産者の話が聞ける機会をつくり、「手にとるまでのストーリー」が見える場所にしていきたいと考えています。「色々やりたいことは沢山あるけれど、背伸びせずにひとつずつ、一歩ずつね。それによって、また地域に幸せの循環が出来るから」。
ここは、ママのたまり場でもなくただの休憩所でもなく、ママたちが自分の好きで得意なことを活かしながら活き活きと働き輝ける場所。「ママがしたい暮らし」をつくることが出来るまちは、自然と幸せが循環していくはずです。
Writer
山本 倫子