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まちの「裏」だった水辺をまちの「表」に

日本酒バー/水辺座 

水辺座ってどんなところ?

武田 健太

Writer武田 健太

まちの真ん中に鎮座するのは、徳川御三家の「和歌山城」。関西国際空港から電車で40分。最寄駅である南海電鉄「和歌山市」駅は、和歌山城の外堀にあたる市堀川がすぐそばを流れ、城下町の歴史を残す和歌山の玄関口でした。ところが、今は車で約10分の場所にあるJR「和歌山」駅に玄関口が移り、閑散としています。

 

ここに、ひとりの人物が立ち上がりました。和歌山県庁の職員として働いていた武内淳さん、33歳。2015年秋、まるで市堀川に浮かぶような景色を望む空き物件に出会った武内さんは、翌年3月、8年務めた県庁を退職。そして、県内の酒蔵10蔵すべての地酒が飲める日本酒bar「水辺座」をオープンしました。

 

上)店内から水辺(市堀川)を望む。まるで川に浮いているかのような浮遊感を感じられる(写真提供:水辺座)

下左)「この場所に惚れ込んだ」と市堀川を眺める武内さん。公務員を辞め、家守会社を始めた。まちの将来のために周辺エリアの価値向上に挑む(写真提供:水辺座)

下右)「水辺座」から眺める夕日。春と秋の一時期、夕日が川の真上に沈む。左上には老舗の酒蔵「世界一統」の看板が空に突き出ている(撮影:武田健太)

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水辺座ができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

行政マンから家守に転身

上)水辺座の屋上から市堀川を望む風景(写真提供:水辺座)
下左)改修前の物件の外観。和歌山を代表する企業である「サイバーリンクス」の創業地。「NTTドコモ」のショップが抜けた後、10年以上も使われていなかった(写真提供:水辺座)
下右)改修前の内装。奥に窓はあったが、水辺を活かしたつくりではなかった(写真提供:水辺座)

和歌山市内のお寺で生まれ育ち、県外の大学・大学院で建築やまちづくりを学んだ後、地元でその能力を活かしたいと思い和歌山県庁に入った武内さん。つい最近まで、「このまま定年まで勤めながら、兼業で実家のお寺を継いで、何かしらの形でまちづくりに関わっていくのだろうな」と、漠然と思っていたそう。そんななか、まちづくりに取り組まれていた県庁の先輩たちに触発され、衰退していく和歌山市のまちなかを何とかしたいと思うように。その時出会ったのが、北九州市で取り組まれていたリノベーションスクールでした。

和歌山市役所の職員やその先輩たちとともに、地元和歌山市へのリノベーションスクールの誘致をサポート。ついに2014年2月、和歌山市主催で開催されることに。引き続きサポート役に回るかと思いきや、武内さんはいても立ってもいられず、自ら受講生として参加。スクールと前後して、まちづくりを担う家守会社が民間で立ち上がったため、スクール後は公務員として出来る範囲で民間のまちづくり事業を支援することに。しかしその後、第2回リノベーションスクールにも参加した武内さんは、実事業化の手伝いをしながらも、自分が公務員であるがゆえ事業への関わり方に制約があることへのもどかしさを感じたと言います。

「県庁ではさまざまな業務を担当し、プライベートでは公務員と民間の垣根を越えてまちづくりに取り組んできました。だけど、リノベーションスクールに出会って以降は、自ら事業を起こしてまちを変えていきたいという想いがふくらんでふくらんで……。有名なCMじゃないですが、『止められない止まらない』という気持ちですね(笑)」

2015年10月、ついに武内さんは職場に退職の意思を伝えます。退路を断って臨んだ、第3回リノベーションスクール。そこで、この水辺の物件と出会うことになりました。

STEP 02 事業計画を立てる

水辺の景色を活かした日本酒バー

上)リノベーションスクールで提案した「水辺座」のイメージ。「折り畳み可動式」の床で、完全に川の上にせり出している(イラスト:川井茜理)
下左)オープン前はDIYでつくった移動販売車を使い、月1回マーケットで日本酒を振る舞った(写真提供:水辺座)
下右)水辺座の提案プレゼン動画。武内さん自らプレゼンを行った(提供:リノベーションわかやま)

対象物件の対岸に見えるのは、創業130年を超える老舗の酒蔵「世界一統」。知の巨人と言われ、和歌山を代表する偉人・南方熊楠の実家が立ち上げた酒造会社でもあります。実は和歌山県内には造り酒屋が合計で10蔵ありますが、すべての地酒を楽しめる店は無く、酒販店ですら揃えていない状況でした。そこから、「和歌山城の外堀である市堀川を望む景色を活かした日本酒 bar」というコンセプトが生まれます。

「これまでは公務員としてどうサポートできるかという視点でまちに参加してきましたが、今回は自分が事業を起こすという覚悟を持っての参加。スクール中のプレッシャーは、これまでとは比べものになりませんでした。ユニットマスターやユニットメンバーに支えられ、今の店の原型となる事業プランが出来上がりました」

スクール後は、事業プランをブラッシュアップしてオーナーへプレゼンテーション。無事契約を結び、改修前は蔵元を招いて日本酒イベントを開いたり、県内の酒蔵10蔵をすべて訪問したりするなど、準備を進めます。一方で、DIYワークショップを開催して移動販売車を制作。テストマーケティングとプロモーションを目的として、月1回開かれるマーケットで日本酒を販売しました。一緒に事業を立ち上げるのは、武内さんに加え、同じくユニットメンバーだったふたり。行政経験があり、法律にも詳しい武内さんが実際の店舗運営とともに代表を務めます。取締役は、設計事務所を経営している建築デザイナーの小賀善樹さん。監査役には、ファイナンシャルプランナーの北野祐大さんが加わりました。

「小賀はリノベーションの設計を、北野は銀行からの融資や決算などを担当しています。屋号の『宿坊クリエイティブ』は、僕自身がお寺の息子で和尚である、また、まちにとってクリエイティブな事業を出来ればという想いから付けました。和歌山のなかでお金を循環させたかったので、お酒はもちろん、食材もなるべく和歌山のものを使うようにしました」

事業資金は総額1,570万円。そのうち、改修費用が1,200万円、運転資金が270万円、敷金等が100万円。それらの資金調達は、家守会社の自己資金が470万円、地元の「きのくに信用金庫」から1,100万円の融資を受けました。

「改修費用は当初900万円の予定でしたが、計画や段取りがうまく行かず、300万円増えて1,200万円になってしまいました。融資は信金向けに事業プレゼンの機会を北野がつくってくれて、何とか取り付けることが出来ました。家守会社の自己資金は、私と小賀がメインで出資、その他に友人ふたりに優先出資をしてもらいました。設計を担当している小賀には、設計料も出資してもらう形を取りました」

家賃・水道光熱費は月10万円。初期投資の回収は2.5年、銀行への返済は毎月約20万円で、約5年で完済を目指す事業プランを描いています。

STEP 03 準備からオープンまで

内装はみんなでセルフリノベーション

上)カウンターに埋め込まれているのは、解体された民家から地元の大工さんが持ってきてくれた欄間(らんま)。日本酒のディスプレイは、スクールメンバーの実家にあった古い桐だんすの引き出しを再利用(写真提供:水辺座)
下左)リノベーション後の外観。前に鎮座している松の木は、武内さんが仲良くしている建築士が設計中の住宅で処分されそうになっていた松を施主に譲ってもらったもの。みんなが武内さんを応援しようと動いてくれた、水辺座のシンボル(写真提供:水辺座)
下右)仲間たちとDIYで壁の仕上げをした時の集合写真。床や壁の施工、バーカウンターや日本酒のディスプレイ棚などを製作した(写真提供:渋谷 健太郎/ソトコト2016年8月号より)

2016年3月からはじまった改修工事。まずは、水辺の景観を生かすため、水辺側にあった壁を取り壊して一面を開放的なガラス張りにすることに。「第4回リノベーションスクール」では、和歌山で初めてセルフリノベーションコースが開設され、「水辺座」が対象物件になりました。

壁を塗っていく左官チームと日本酒のディスプレイ棚やバーカウンターなどを作っていく家具チームに分かれ、3日間でつくっていきました。そして、武内さんは3月末に県庁を退職。正式に、株式会社宿坊クリエイティブを立ち上げます。

そして、5月にプレオープン。県内の酒蔵10蔵、計30銘柄の地酒を揃えたオープニングパーティーには、市主催の「リノベーションスクール」から生まれた初のお店ということで、市長も参列。県内の酒蔵や武内さんの頑張りを見ていた友人たちも全国から訪れ、好調のスタートを切りました。

STEP 04 「マネーの獅子!」にチャレンジ

「ソフト面が弱い」と指摘され、舵を切り直す

上)「マネーの獅子!」に挑戦(写真提供:リノベーションまちづくりサミット2016)
下左)「マネーの獅子!」でのアドバイスも踏まえ、地元・和歌山の日本酒をおいしく飲んでもらいたいという想いでメニューに加えたおでん。「日本酒bar」というコンセプトを徹底するためのターニングポイントになった(写真提供:水辺座)
下右)和歌山県内にある全ての酒蔵(10蔵)のお酒を置いている豪華ラインナップ。左から、一番売れている平和酒造の「紀土」と対岸にある世界一統「南方 超辛口」(写真提供:水辺座)

2016年5月にプレオープンしたばかりの頃、「リノベーションまちづくりサミット!!!2016」にて、新しいまちづくりのプレイヤーを支援するためのイベント「マネーの獅子!」に挑戦することに。この時、水辺に張り出す飲食店として、圧倒的な景観を空間に取り込むことが出来たものの、お店の外側にある河川自体は上手く活用出来ていませんでした。そこで、人の繋がりが生まれる空間をつくるため、水際にデッキを設置する費用として100万円を希望。しかし、審査員からは厳しい指摘が投げられました。

「川辺にデッキをつくる提案をしましたが、ハード面の話に偏ってしまい、審査員から『魅力的な水辺にするためのソフト面の考えが足りない』、『色気がない』などと指摘されました」

それでも同郷の観覧者からの応援もあり、なんとか支援金105万円を獲得。もう少しロマンチックで色気のある空間をつくるため、このお金で目の前の川に船を走らせようと検討しています。さらに、社内で議論してメニューに「おでん」を追加したところ、これが見事にヒット。和風だしの良い香りが店に広がり、日本酒も売れ始めたのだそう。そうした試行錯誤の期間を経て、2016年10月、グランドオープンを迎えました。

STEP 05 今後の展開

民間と行政の橋渡しとともに、
エリア価値の向上に挑む

上)和歌山城の外堀である市堀川沿いにある水辺座。市堀川がL字に曲がった場所にあるため、水辺に浮かんでいるような感覚が味わえる(写真提供:水辺座)
下左)グランドオープンを祝して、夕暮れ時の市堀川にレンタルした船に乗って登場。酒造会社「世界一統」の担当者やリノベーションスクールのセルフリノベユニットマスターとともに船上で鏡割り(撮影:武田健太)
下右)川から見た「水辺座」。今後は上階の活用方法も検討中(写真提供:水辺座)

「お店がオープンしてしばらく経った今も、いろいろな壁にぶち当たりながら、そして皆さまに応援してもらいながら、少しずつ進んでいます」と武内さん。客層は男性が中心ですが、「水辺の景色を見たい」と、女性だけのグループや学生も来るのだそう。アルバイトも4~5人雇い、シフトを組んでお店にはひとりずつお店に入ってもらっています。

「水辺座にお越しいただいたお客さんのなかには、この水辺の価値に気付いていただける方もたくさんいます。地元の方でさえ『こんな素敵な水辺があったんや!』と驚かれます。でも、川にゴミが浮いている時は『せっかくの素敵な景色やのにもったいないな〜』と言われることも。今後は、まちなかの水辺に関心を持っていただいた市民の方々と一緒に、水をきれいにするムーブメントを起こしたり、カヌーやSUPなど水辺を使いこなすアクティビティを取り入れて、日常的に水辺を楽しめるようにしたい。船を走らせて、そこで優雅にお酒を飲みながらゆっくりとした時間を過ごしてもらえるようにしたい。まちなかの水辺が変われば、地元の方にとって楽しんで誇れる場所になるし、市外の方も訪れたいと思うようになるはず。そのためにも行政経験を活かして、民間との橋渡しを出来るような役割も担っていきたいですね」

今までうまく使われていなかった歴史ある水辺を拠点に、まちを盛り上げるためのアイデアが次々と浮かんでいる様子の武内さん。愛する和歌山のため、まちの価値を上げていこうと奔走する姿から今後も目が離せません。

武田 健太

Writer

武田 健太

マーケティング会社、食品商社を経て和歌山市職員に。大海原がすぐという立地を活かしつつ、周りの人が良い暮らしをつくれるよう、食や自然環境(農林水産/アウトドア)、子育て・生涯教育、デザイン・クラフト、サラリーマン・公務員など、各業界が壁を越えて協力出来る方法を模索中。WEBメディア “旅するように暮らす日常の和歌山『Wakayama Days』” 主宰。

日本酒バー

水辺座

2017.7.24更新

  • 住所

    和歌山県和歌山市元博労町53

  • OPEN

    火〜日 17:00〜24:00

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