ReReRe Renovation!

まちの価値を損なわないような、暮らしと観光の共存を目指す

複合施設/HAGISO 東京都台東区

HAGISOってどんなところ?

矢嶋 桃子

Writer矢嶋 桃子

JR「日暮里」駅、または東京メトロ「千駄木」駅から歩くこと5分。駅を降りて谷中に向かえば、細い路地や曲がりくねった道、そしていくつものお寺があることに気づくでしょう。

 

古くは六阿弥陀道と呼ばれた、一方通行の道路沿いに「HAGISO」はあります。2013年にオープンして以来、客足の絶えない人気店となっています。もともと谷中には古い建物の活用事例はいくつもありましたが、「リノベーション」という言葉を軸に、大胆に、おしゃれに、誰もが出入りできる空間として生まれ変わらせ、多くのメディアにも取り上げられるようになりました。

 

いま、「HAGISO」では「hanare」(宿泊施設)を展開しています。そして来年にはプロデュース3つ目となる「Hatsunean」(複合施設)のスタートが控えています。「HAGISO」を主宰する建築家の宮崎晃吉さんに、これまでのこと、これからのことをたっぷり伺いました。

 

上)夕暮れに染まる谷中銀座商店街。東京都のモデル商店街第1号で、かつては生活必需品の店が並び地元の買い物客でにぎわっていたが、最近ではテナントの飲食店や土産物の店が多くなり、下町散策の人気観光スポットとなっている(写真提供:宮崎晃吉)
下)黒い外観が目を引く「HAGISO」の建物。かつてはこの細い路地を入ったところに銭湯「初音湯」があったが2011年の東日本大震災後に解体され、分譲住宅地となった(写真提供:宮崎晃吉)

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HAGISOができるまでのストーリー

STEP 01 こんな場所から始まった

築60年の木造アパート「萩荘」から「HAGISO」へ

上)木造アパート「萩荘」時代。当時、通りにはお寺や古い空き家、公園などが並び、夜は外灯の明かりが心もとない暗い道だった。「HAGISO」が出来て人の流れも変わり、周辺に新しいお店や住宅が増えた(写真提供:宮崎晃吉)
左下)1階は各部屋の壁を取り払い、カフェやギャラリーに。ギャラリーは2階まで吹き抜けにして大胆にリノベーション(撮影:矢嶋桃子)
右下)2階にはホテル「hanare」のレセプションやショップ、宮崎さんの設計事務所が入る(撮影:矢嶋桃子)

1955年に建てられた木造アパート「萩荘」は2004年から東京藝術大学の学生のアトリエ兼シェアハウスとして使われており、建築学部の学生だった宮崎さんも2006年から住んでいました。しかし2011年の東日本大震災の後、老朽化を不安視した大家である隣のお寺のご住職が解体を決断。

それならと、住人が中心となり、萩荘の最期を飾るにふさわしいグループ展「ハギエンナーレ2012」を企画。3週間でのべ1,500人もが訪れ、この予想以上の盛況を目にした大家さんが建物の価値を見直してくださり、解体ではなく改修して新しく生まれ変わらせることになったという、まさにどんでん返しのストーリーがありました。

当時は有名な建築家の設計事務所に勤め、中国の大規模な開発事業などにも関わっていた宮崎さん。滞在していた上海が、古い建物や町並みを上手に活用してしたたかにまちの価値を高めているのを見て、日本の新築至上主義、スクラップ・アンド・ビルドの文化に疑問を抱いていました。

このままでは日本の都市はどこも同じようになり、都市の奥行きは失われ、国際的な都市間競争に負けるのではないか……。宮崎さんが住んでいた谷中も、隣接する根津、千駄木と合わせて「谷根千」と呼ばれ、古き良き下町として人気があるエリアでしたが、一方で、古いけれどまちの歴史と文化を感じさせてくれる魅力ある建物がどんどん壊されていく現状もありました。

折しも、萩荘のすぐ裏にあった銭湯が震災後すぐに取り壊されて分譲住宅が建ったことにショックを受け、それならこの機会にと、大家さんに萩荘の建物の活用方法をプレゼン。採用され、2013年3月に、カフェやギャラリー、貸スペース、テナント(美容室)、アーティストアトリエ、設計事務所が入居する“最小文化複合施設”「HAGISO」としてスタートすることになりました。

建物の構造やインフラ部分の工事費用は大家さんが負担し、内装や設備は宮崎さんが負担しました。工務店にお願いするだけでなく、自分たちで出来る部分は自分たちで作業。費用の一部をクラウドファンディングで集めるなど、手探りの状態から作り上げていきました。改修費用は5年で回収できる計画を立て、それに基づき家賃設定をしてもらいました。

STEP 02 新事業コンセプトをつくる

新たなまちの楽しみ方を提案する、
「hanare」プロジェクト構想

上)まち全体をホテルに見立てた「hanare」のコンセプト。「HAGISO」がレセプション機能を担い、レストランや商店街、レンタサイクルなど、宿泊者にはまちのリソースを積極的に紹介し、まちを楽しみつくしてもらうことを目指す
下)まちのなかにはギャラリーや神社・仏閣、博物館・旧跡、銭湯、食事処、ショップなど個性的で魅力あふれるスポットが多く存在している(資料提供:すべて宮崎晃吉)

「HAGISO」の経営も軌道に乗り始めた頃、宮崎さんは次のフェーズを考え始めていました。これまで「HAGISO」でも、生活という「日常」と文化的な催しの「非日常」が気軽に交差する、地域に開かれた場所でありたいと思ってきました。しかし、もっとまちへ還元できる活動をしたいと、「hanare」プロジェクトの構想を具体化していきます。

観光で人気のエリアといっても、メディアで取り上げられるのは、商店街での食べ歩きや道端の猫、カフェや雑貨店など、レトロブームに乗じた、どこか画一的でステレオタイプな「谷根千」の姿。しかし、このまちにはもっと多種多様な魅力的なスポットや体験があることを知っている宮崎さん。「宿泊」という形を通して、まちを朝から夜まで楽しみつくしてもらえるような“観光の質の多様化”が図れないかと考えます。

具体的には、「HAGISO」にレセプション機能を持たせて拠点とし、宿泊はまちのなかの宿泊棟で、レストランやバーはまちの飲食店で、大浴場は銭湯へ、お土産は商店街で、自転車は自転車屋でレンタサイクルして、「まちを丸ごとホテルに見立てる」構想です。

そこで宿泊棟にする物件探しを始めますが、以前から「HAGISO」の近くに木造アパートが空き家として放置されていたのを知っていた宮崎さん。さっそく法務局で住所を調べ、所有者に手紙を書きます。しかし、引っ越していたようで手紙は戻って来てしまいました。半ば諦めながらも近所の人に聞いてみたところ、「駅前の不動産屋さんがアパートの前に立っていたよ」と教えてもらい、不動産屋に走ったところ「知っている」とのこと。

ようやく大家さんに手紙が届き、そこから話が進みます。大家さんは福井県に住む30代の方で、祖母から相続したものの、老朽化していてそのまま使うことも出来ない、かといって、修繕費用をかけても人が住むか分からない、壊して新築を建ててもセットバック(建築基準法により道路が規定の幅に満たない場合は数メートル後退する必要がある)で面積が小さくなる……などもあり、塩漬け状態になっていた建物でした。

宮崎さんは大家さんに自分の構想をプレゼン。改修費用の過半を宮崎さんが負担する代わりに賃料を安くする条件で借りることが出来ました。こうして、「hanare」がスタートしたのでした。

STEP 03 hanareの事業計画

DIY賃貸の仕組みを応用し、改修費を負担する代わりに安く借りる

上)「hanare」の入口にて。「HAGISO」を主宰する宮崎晃吉さん(左)と、妻のpinpinさん(右)。2015年にお子さんが生まれ、谷中で子育てと仕事を両立させる、文字通り地域に根ざした生活となってきた(撮影:矢嶋桃子)
左下)築50年の丸越荘をリノベーションした「hanare」。客室は全5室で、旅館業法に則った旅館として営業(撮影:矢嶋桃子)
右下)朝食は「HAGISO」1階のカフェで。宿泊料には朝食の他に銭湯チケットが含まれ、近くの銭湯を利用することが出来る(写真提供:宮崎晃吉)

「初期投資として掛かる改修費用融資のため最初は銀行へ相談しましたが、いくら説明をしても担当者はプロジェクトの価値が理解できず、あまりに話が通じなかったんです。そこで『HAGISO』での収益と身内から借りた分を自己資金とし、『hanare』の大家さんが出資してくれた分と合わせて全体の費用を賄いました」

改修費は1,500万円ほど。大家さん負担分は5年で回収できる家賃設定とし、10年の定期借家契約を結びました。借り主がDIYで手を入れても、原状復帰義務を負わないいわゆる「DIY賃貸」と呼ばれる形態での契約です。自己資金での投資分は宿の稼働率が6割であれば5年で、7割なら3.5年で回収できる計算です。

2015年11月14日に宿泊施設「hanare」がオープン。1年やってみた成果はどうなのでしょう。

「今のところの稼働率は6割といったところです。でもうちは宿泊料の単価が12,000円からとそんなに安くないので、これでも一応、黒字を出せています」

「ただ、やっぱりほとんどのお客様が他の観光地に行くスケジュールを立ててるんですよね。こんなに谷中が見るものがあって楽しめるまちだとは思われていないので、1泊だけの人が多く、谷中で過ごす時間を取っていない人がまだ多い印象です」

しかし、夕食はまちの飲食店を利用する人が多いよう。「HAGISOを始めて以来、初めて近くの飲食店の方からお中元をいただいたんですよ(笑)。お客さんがよく来てくれるからって。だから確実に送客はされているんだな、と実感はしています」

STEP 04 さらにまちへ潜って深化!

地元の隠れ家的「Hatsunean」ではコミュニケーションの深まりを目指す

上)平日の谷中銀座商店街。テレビにも頻繁に取り上げられ、「谷根千観光」の代名詞ともなり、週末はまっすぐ歩けないほど観光客で混雑している
左下)工事はこれからで、来春のオープンを目指す。工房兼ショップや惣菜カフェ、事務所、住居が入居する予定
右下)谷中銀座商店街を1本入ったところにあるふつうの民家が「Hatsunean」となる予定
(撮影:すべて矢嶋桃子)

さて、宮崎さんの次なる一手のキーワードは、「商店街に奥行きを」。その名の通り、谷中銀座商店街から路地を1本奥に入ったところにある民家を改修してのプロデュースです。

実は現在の谷中銀座商店街は、昔からあった鮮魚店や豆腐屋、金物屋、布団屋など生活の店がどんどん姿を消し、代わりにテナントとして企業の資本が入ったような土産物屋や飲食店が増えています。

「本来このまちの魅力って、リアルな生活が営まれているところだったと思うんですけど、そこが骨抜きになって形骸化されてしまうと、消費や観光のあり方も画一的で脆弱になってしまう。でも、家主にもいろんな事情があるからその流れは止められない。だから僕個人は、それとは別のレイヤーをつくっていこうと思っていて」

「今度やる『Hatsunean(はつねあん)』は、本来商店街の表通りが担っていた機能を路地裏でやればいいんじゃないの?という発想で。実は僕たちここに住んでいても、ちょっと身体に良いものを食べたいなと思った時に、そういうのが食べられるところがないんですよ。この辺りには独り暮らしの高齢者も多いし、だからここでは惣菜カフェをやるつもりです」

他にもアクセサリー作家の工房兼ショップ、2階に住居と大家さんの事務所が入る予定。アクセサリー作家さんはこれを機に谷中に引っ越す計画とのことで、「この辺にもともと多かった、住居と工房が一体になった暮らしや、職住近接のライフスタイルをもう一度つくるというのも、谷中らしさを取り戻すことにつながっていくのではないかと思って」と言います。

「Hatsunean」で目指すのは「常連さんとのコミュニケーションをより深く築ける場所」。冷やかしの観光客を呼び込むより、地元の人と密に関係を結べる場所の方が良いとスタッフからも要望があったそうです。

狭い路地ですが、大家さんはもともと地元の人で、近隣との関係が良好なのも安心感があるのだとか。“広く浅く”ではなく、“狭く深く”まちに展開していく今後の「Hatsunean」に注目です。

STEP 05 まちに新たな価値を付するために

まちのどこにどんな人を送るか
デザインできるのが「宿」という存在

左)谷中でも珍しい、夜の観光(飲食店)マップ。「hanare」のレセプションで渡している(撮影:矢嶋桃子)
右)工事中も大工さんが積極的にコミュニケーションを取ってくれたおかげもあり、リノベーション前は不安がっていた近隣の方も、今では時々お菓子を差し入れてくださるように。別の方は「hanare」の宿泊客に会うと気軽に話しかけ、谷中の良さを説明してくれるのだとか(写真提供:宮崎晃吉)

狭い路地の住宅地で始めることになった「hanare」や「Hatsunean」では、特に近隣住民へ慎重に配慮するようにしてきた宮崎さん。

「hanareが出来た時はまず近隣の方に見てもらったんです。宿がどうというより、ボロボロの空き家がきれいになったことに驚き、喜んでくださいました。単純に、空き家のまま放置されていたら不安ですしね」

住宅街で宿をやるには近隣とのトラブルは避けたい。そのために考えたのは「宿泊客の質を高く保つ」こと。単価の設定や、予約の際の注意事項表示にも気をつけました。

「その上で、『それでも泊まりたい』という方に来ていただいているので、僕たちが伝えたいことはある程度伝わっているのではないかと思います。やっぱり、お客様の側にもマナーを守っていただかないと、このまちの中では共存していけないので」

また、それまで「谷根千」は昼型の観光イメージがつくられ過ぎていて、夜の飲食店、いわゆる「ナイトエコノミー」としては観光客増大の恩恵を受けることがほとんどありませんでした。それが「hanare」の宿泊客が来るようになったという声を飲食店から聞くようになり、手ごたえも感じているのだそう。

「宿って、どういうお客さんを町に入れ込んできて、その人たちをどの飲食店に送るかのデザインが出来るんですね。それは結果的にまちの雰囲気にもつながっていくだろうし、僕らがそのフィルターをつくることに関われるのは面白いと思います」

このまちのポテンシャルにほれ込んだ宮崎さんは、ひとつの事業を育てながらまちの状態を多面的に観察し続け、新たな事業をまちに埋め込んでいっています。「大手メディアが描く谷中ではない谷中をデザインするおもしろさ」を感じつつ、国際的な都市間競争でも負けない魅力あるまちとして、まちの「暮らし」と「観光」のバランスを見ながら、谷中でチャレンジし続けます。

矢嶋 桃子

Writer

矢嶋 桃子

編集者・ライター。東京の下町、谷中で生まれ育つ。地域の子育てコミュニティ「谷中ベビマム安心ネット」の運営や、まちのシンボルツリーを守る「谷中ヒマラヤ杉基金」の理事・事務局長。2児の母。

複合施設

HAGISO

2017.7.24更新

  • 住所

    東京都台東区谷中3-10-25(HAGISO)

  • TEL

    03-5832-9808

  • URL

    http://hagiso.jp/

  • OPEN

    8:00 - 10:30 (モーニング営業)/12:00 - 21:00
    定休日:なし(※臨時休業あり)

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