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シェアハウスの価値を高める、
まちとの関わり方

シェアハウス/アンモナイツのシェアハウス 東京都武蔵野市

アンモナイツのシェアハウスってどんなところ?

小久保 よしの

Writer小久保 よしの

多くの人にとって憧れの、住みたい街・吉祥寺。2016年秋、ここに新たなシェアハウスがちょっと変わった経緯でオープンしました。あるシェアハウスのメンバーが全員そろって引っ越してきたというのです。

 

運営しているのは、建築家の瀬川翠さん。リノベーション界でも、異色の経歴を持つ女性です。

 

瀬川さんはある出会いをきっかけに、なんと高校生の時に一軒家を手に入れ、その家をシェアハウスに。その後、大学生時代にシェアハウスに自らが住みながら大家を始めました。その驚きの展開から、今回のシェアハウスごとの引っ越しに至るまでのストーリーをお聞きしました。

 

上)青いタイルが印象的な明るい吉祥寺シェアハウスの共用キッチン。シェアハウスの生活でも整理整頓がしやすいように工夫が散りばめられている(写真提供:瀬川 翠)

アンモナイツのシェアハウスができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

女子高生が入り浸った、武蔵境の一軒家

左)瀬川さんが通い始めた頃の武蔵境の一軒家
右)一軒家リノベーション中の様子。作業を行ったメンバーのうち2名が入居することに(写真提供:すべて瀬川 翠)

瀬川さんは高校生のとき、近所にひとり暮らしをしている親戚がいることを両親から聞きます。「興味がわいて翌日行ってみたんです」。これが、瀬川さんの人生を大きく変える訪問になります。

古びた一軒家から出てきたのは、足が悪く家に引きこもって絵を描いて暮らしているおじさんでした。美術が好きだった瀬川さんは臆することなく、以来この家によく出入りするように。

転機は高校2年生のとき。「おじさんが持病で亡くなったんです。遺書があり、驚くことにまだ10代だった私に家を託すと書かれていました」。しかし、家は古く床には虫がわいていてとても使い続けられるような状態ではない。相続税も140万円ほど掛かる。それでも瀬川さんは決意します。「おじさんは大切なものを私に託してくれた。ここで逃げたらだめだ!って思ったんです」。必死のアルバイト生活が始まりました。

2011年、大学3年生の瀬川さんは共同生活を送るチームを結成して、引き継いだ家を活用することを思いつきます。引き継いだ家の床をはがしたり壁を壊したりして、賃貸に出せるような状態にまでセルフリノベーションを行いました。こうして『アンモナイツ』が誕生し、シェアハウス事業を始めたのです。

STEP 02 シェアハウスの運営

シェアハウスをまちに開き、育てていく

上)初めて庭先に出した小さなお店。植木鉢や鉱物などを販売した
下)地域の人々が集まり、少しずつ輪が広がっていった(写真提供:すべて瀬川 翠)

はじめからシェアハウスの運営が上手くいったわけではありません。人が集うことが多く、「うるさい」という苦情が周囲から寄せられてしまうこともありました。

「はじめは地域の住民の方々との交流は一切ありませんでした。シェアハウスは、意識して地域に対して開いていかないと閉鎖的で内輪だけのコミュニティになってしまいます。それでは、まちにとって迷惑な存在にもなり得ると危機感を感じました」

そこで、庭の門を開けっ放しにしたり、外へ向けたスペースとして縁側をつくったりと試行錯誤を繰り返しましたが、それだけでは交流は生まれなかったと言います。

「その後、縁側を使って小さなお店を始めました。メンバーの手づくりのキャンドルや植木鉢を販売したんです。それをきっかけにようやく地域との繋がりが出来始めたんです。近所の人が『これも一緒に売ってもらえないか』と物を持ち寄ってきて、お礼に野菜をもらったりして、交流が始まりました。こちらからアクションを起こさないといけなかったんですよね。建物というハードを開こうとするだけではなく、ソフトも含めてその場所に『新しい価値』をつくることがリノベーションなのだと気がつきました」

こうして『アンモナイツ』は少しずつまちに対してオープンな場所として機能するようになり、まちに開かれた居心地の良い住まいは人気を集め、5年間満室をキープしました。

STEP 03 シェアハウスを売り、引き渡す

価値の分かる人にバトンを渡す

上)建築家であり、シェアハウスを運営する瀬川翠さん(撮影:原山幸恵)

2016年、引越を検討することになりました。その理由は次の5つ。①雨漏りなどの激しい老朽化、②シェアハウスは夜行性のまちのほうが適していること、③瀬川さんが親しくしている武蔵野市のまちづくりに関わるプレイヤーが吉祥寺に住んでいること、④本業の設計事務所のキャリアとして物件購入とマンション暮らしを経験したいこと、⑤武蔵境駅前の開発によって地価が短期的に上昇していること、です。

瀬川さんたちは武蔵境の物件を売り、メンバー全員で吉祥寺へ引っ越すことを決めました。しかし、ただ売るのではなく「大事なものだからこそ、最も価値のある時にちゃんと価値の分かる人にバトンを渡したい」と考えたのです。「容易にまちを一変させるスケールの建物が建てられてしまう土地面積だったので、まちのために誰に引き渡すのが最善か、真剣に考えました」。それは、高校生だった瀬川さんに我が家を託した“おじさん”も、同じ思いだったのかもしれません。

バトンを渡すのは、学生用のマンションを運営している事業者に決めました。その事業者は、瀬川さんたちのシェアハウス運営のノウハウを評価し、それごと買い取ってもらえることに。そして新たにコミュニティルームのあるマンションを建て、この担当者自らも最上階に住むことになったのです。

また、地域と交流がある点も付加価値として認められました。「相場より高い値段で、納得して買ってくださいました。私が近所の方たちに引越をする話をしてまわるときに、その方も連れて『今度はこの方がやりますから』と一緒にご挨拶しました」。

「よく『どうして売ったの?もったいない』と言われますが、まちづくりは懐古主義だけでは成り立ちません。本当に引き継ぐべき本質は何なのかを見極めて、場所の引き継ぎをきっかけに本質を理解し合える共感者をいかに増やせるのかが重要。相場よりも高い価値を認めて購入してもらえたことで、周辺の価値を引き上げることも出来ました。私は別の場所に移っても、また同じ様にやれば良いだけです」

STEP 04 物件を購入する

客観的な分析をもとに長い目で選ぶ

上)決め手のひとつは、マンションの隣が三面とも3階建て以下で光が入ること(写真提供:瀬川 翠)

物件購入については、不動産コンサルティング事業や直接販売のサポートを行う会社に相談し、気になる物件を分析してもらったそう。

住民が管理を行って管理費用が安く済む、自主管理の物件で探しました。15軒ほどを見学した末、9月に新居が決まりました。借地で、築20年を過ぎてこれ以上不動産価値が落ちにくく、建物の構造もしっかりしているマンションです。武蔵境の時のように、価値を上げてからまた売却することを見越しての購入でもありました。

「シェアハウスは部屋数が必要で、各部屋に窓をつくります。だから物件選びでは広さよりも窓の多さがポイントになるんですよ。交差点の角に建つ建物の最上階で、日当たりや風通しがとても良いことも気に入りました」

ここに至るまでには、気に入った物件があっても大手企業に一歩先に申し込まれてしまい、涙を飲んだ体験もあったそう。

「このマンションの購入を申し込んだ時には、『どうしてもここに住みたい理由』や『置いてあるアンティークの家具のセンスにも大変共感したこと』など、熱い想いをしたためたラブレターを前の持ち主の方に送りました(笑)。インテリアデザイナーの方で、購入を承諾してくださった上に『大切にして頂けそうなので』と素敵な家具まで譲ってくださったんです」

STEP 05 新シェアハウスのリノベーション

住人メンバー全員で引っ越し、新生活を始める

上)引越前に住民みんなで内装をシミュレーション! 
下左)入居前のリノベーションの様子。各部屋のドアは武蔵境時代のものを取り付けた
下右)新居にてメンバーたちとパーティー(写真提供:すべて瀬川 翠)

退去すべき日が先に決まったため、引越前から住人5名で共用部のリノベーションや部屋割りについて話したそうです。役立ったのは、設計事務所に勤めるメンバーがつくった入居後のシミュレーションのCG画像でした。

具体的にリノベーションの内容が決まると、最低限の工事のみ業者に依頼。部屋割りの下地と電気工事で約80万円に抑え、その他の工事は全てDIYで行いました。キッチンのタイルを貼ったり、個室もDIY可にして入居後に各自で壁を塗ったり。冷蔵庫やソファなどは空間に合うものを新しく購入しましたが、最終的には当初400万円だったリノベーション費用の見積もりを200万円以下に抑えたそうです。

「シェアハウスって昼間は無人なので、リビングがもったいないなといつも感じるんですよね」と、今後は使わないスペースを活用してものづくりなどの教室を開催するなど、時間貸しもする予定です。

ていねいに住空間の受け継ぎや引渡しをしてきた瀬川さん。「物件の売買って、まさに人と人の関係なのだと実感しました」と語ります。さらに、住人のみんなで新居のリノベーションをしたことで愛着がわき、みんなが住まいを大事に使うようになったそうです。

今後はシェアハウスの外でも、吉祥寺で「アンモナイツ屋台」などをつくっておもしろいことを仕掛け、まちに対してアクションを起こしていくそう。これからの展開も楽しみです。

小久保 よしの

Writer

小久保 よしの

編集者・ライター。当サイトの他、雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などでの取材で全国を駆け回っている。地方のおもしろさに魅了される日々。

シェアハウス

アンモナイツのシェアハウス

2017.7.24更新

  • 住所

    東京都武蔵野市吉祥寺東町

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