商店街が変わるきっかけ。
建替え寸前ビルが創作の場に
複合店舗/メルカート三番街 福岡県北九州市
「あ、また新しくなってる」。ぼくがはじめて福岡県北九州市を訪ねたのは、2011年の夏でした。それ以来、訪れるたびに新しい場が生まれ、魅力的な人も増えているように思います。
約100万人が暮らすその街の中心地、小倉魚町(うおまち)は日本で初めてアーケードがかかった商店街です。いまから20年ほど前までは、週末に子どもを連れて歩く夫婦や放課後にたむろする高校生、デートする大学生と、とにかく活気あふれる通りでした。
けれども、次第に商店街は活気を失っていきました。地元のお店が減る一方、増えたのがコンビニやチェーンのコーヒーショップにドラッグストア。シャッターも目立つようになります。そして、お店もお客さんも高齢化していきました。
そんな商店街がにぎわいを取り戻すきっかけになったのが、築50年・木造2階建ての空きビルのリノベーションでした。10年間空きビルが続いてカツアゲスポットになっていた中屋ビルは、若いクリエイターの拠点となるメルカート三番街へ生まれ変わりました。「部屋に花を飾るように、光を飾ってほしい」と話す照明デザイナー、ありとあらゆる素材から花を創作する作家さんが次々と入居。ここでしか手に入らない作品が並び始めると、ふたたび若い人が訪れるようになりました。
こうして、2015年の夏までに北九州市内だけでも15件近くのリノベーションが生まれています。
リノベーション前の中屋ビル。人が寄り付かずがらんとさびしい状態だった。
魚町で約10年間空きビルとなっていた木造2階建て。ここはかつて「カツアゲされるから入っちゃいけない」と恐れられるヤンキーのたまり場でした。 「取り壊して、新築する予定でした」と話すのは、オーナーの梯(かけはし)さん。建築事務所に図面まで書いてもらったところで、違和感を覚えたそう。「同 じようなビルは日本全国にあるし、仮に建てたとしても、テナントが集まらないのでは?と思ったんです」
そんなときに参加した北九州市主催の まちづくりセミナーで、新築以外の方法を知ります。それがリノベーションでした。いまある建物の魅力をいかしながらも新たな価値を生み、収益化を図ろうと いうものでした。そこで相談をもちかけたのが、建築家の嶋田洋平さん。北九州市に生まれ育ち、魚町は子ども時代からの遊び場でした。
「2009 年に帰省すると、高校時代に溜まり場だった店がほとんどなくなっていて。商店街の魅力って、行きたくなる店が集まっていること。インターネットでなんでも 手に入る時代に、わざわざ足を運んでもらうには、そこにしかないものをつくり、発信することだと思ったんです」
消費から「創造」のまちへ。中屋ビルを変えるプロジェクトが始まりました。
サンロード魚町の風景。この奥にメルカート三番街があります(撮影:大越元)
どれだけ内装をきれいに仕上げても、入居者がいなくては意味がありません。嶋田さんは工事前に入居者を決めてしまう「逆算式」をとりました。
はじめは、入居してくれる人がどこにいるかわからないところからのスタートでした。
大 きな転機となったのが、株式会社タムタムデザイン一級建築士事務所・田村晟一朗(せいいちろう)さんとの出会い。自身で家具製作も手がけ、地域で活動する デザイナーやアーティストに顔が広い方です。田村さんは、8組の入居者を紹介した上で、自らもデザインユニット「余白」のショールームをオープン。その後 はメルカート三番街の町内会長も務めます。
入居候補者が集まりだすと、嶋田さんは食事会や飲み会を開きます。良好な関係を築きつつ、入居希 望のみなさんがムリなく支払える賃料を聞いていきます。こうしてわかった金額は、一人あたり、事務所で1.5万円~2万円、物販する人で2万円~3万円 円、飲食店で3.5万円~4.5万円でした。
実はこの金額は、バブル以降に賃料が高止まりしていた相場の約半額。それでも「独自のサービ ス、商品、情報を提供する意欲がある」「魚町を元気にすることに取り組む」という条件をクリアした人たちに入ってもらいたいと、最終的にオーナーの梯(か けはし)さんはGOサインを出します。
「若い事業主の居場所をつくりたかったんです。そしてメルカート三番街がリノベーションまちづくりに踏み切ることで、小倉にこうした意識が少しでも広まってほしいと思いました」
ペイント以外はあまり手を加えていませんが、十分にお客さんを呼ぶことができます(撮影:中村絵)
嶋田さんの考え方はこうでした。まず、入居者の払える賃料から合計の家賃を見積もります。回収期間を4年間に設定して、工事予算を組みました。新築 の回収期間は一般的に30年程度と言われますが、変化の大きい時代において、皮算用通りにはなかなかいかないもの。短期回収がリノベーションまちづくりの 一つの特徴です。
改修にかける投資は極力抑え、施工は塗装を中心に最小限に留めました。最終的にかかった費用は約2,000万円。新築に建て替えた場合の1/5の費用で済みました。
また、入居前から食事会などを開催することで、テナント間の関係も円滑なものになりました。そこで、メルカートの管理は、管理人を設けずに組合のかたちをとりました。運営コストを抑えつつ、入居者間で仕事が生まれることも、期待されます。
メルカート三番街の立ち上げメンバーは、照明デザイナー、美容師、ハンドメイドの雑貨、食堂など。色々な仕事を営む人たちが一つの場所に集まることで、気軽に人が訪れる場になりました。髪を切りにきた人が、お茶を飲んで一息ついたり、ぶらぶら買い物をしたり。
また、どうしても入居してほしかった職業の人がいました。これから小倉のまちで起きることを発信していくメディアです。そこで嶋田さんが直接声をかけたのが、「みんなの経済新聞」ネットワークの小倉経済新聞を立ち上げ準備中の大谷竜也さんでした。
そうして、2011年6月にメルカート三番街はオープンしました。現在では事業が順調にすすみ、卒業した人もいます。なかには自らシェアオフィスを立ち上げた人も。メルカート三番街は、着実にまちにあらたな仕事を生みつつあります。
上)ポポラート三番街、左下)フォルム三番街、右下)MIKAGE1881
メルカート三番街のオープン後、中屋ビルでは次々とリノベーションプロジェクトが動きだします。1フロアが400㎡ほどある地上5階・地下1階のこ の建物は、2009年ごろにメインテナントの婦人服専門店「和光」が撤退してからずっと一棟丸ごと空きビルになっていたんです。
この中屋ビ ルの4階はコワーキングスペース「フォルム三番街」に。2階は家具、雑貨、アクセサリー、服飾、アートなど自分の手でつくる40名の作家が集うアトリエ& ショップ「ポポラート三番街」。さらに1階は「ビッコロ三番街」「三番街自由市」へ。フロアごとにさまざまなプロジェクトが動きだします。すべてに共通す るのは、若い人が小さく気軽に、仕事をはじめられる場所にするということ。
さらには小倉全体でプロジェクトが動きつつあります。2012年にはワークスペース「mikage1881」、そして2014年にはDIYショップ「はたらこくらす」が誕生。
訪れるたびに、あたらしい顔を見せる魚町。そのきっかけとなったのが、このメルカート三番街です。そしていまも、魚町商店街はメルカート三番街とともに、も多くの人とコトを巻き込んでどんどん成長しています。
複合店舗
2017.1.19更新
北九州市小倉北区魚町3-3-12
日〜土でオープン(営業時間は各店舗による)
中屋興産株式会社