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マイナス要因も突き抜ければフックに。地域に刺激を生み出した、まち外れのベーグル屋

ベーグル屋/みやがわベーグル 

みやがわベーグルってどんなところ?

小西 七重

Writer小西 七重

東京・品川から電車で約1時間。三浦半島の先端に位置する三浦市には、マグロで知られる三崎港、海辺には別荘地も多くあります。しかし、三浦市ではこの10年で人口の1割が減少。2014年に日本創生会議により発表された“消滅可能性都市”として、神奈川県内で唯一挙げられている市でもあります。

 

そうした現状があるなか、三崎港の商店街から3kmほど離れた小さな入江に、ちょっと変わったお店「みやがわベーグル」がオープンしました。販売しているのは地元の野菜を使ったベーグル。観光客が訪れる三崎港とは少し離れた立地、しかも周囲にほかのお店がなく、一般的には“立地が悪い”と言われる場所にある「みやがわベーグル」。ここに今、国内外から多くの人が訪れているのです。

 

上)2016年5月にオープンした「みやがわベーグル」。街道沿いでもなく、商店街も隣接していないこの場所を目指して、東京・横浜、そして海外からも人が訪れる(提供:中村 晃)

下)「みやがわベーグル」があるのは、車が行き交う橋の下。街道から港に続く側道を入った先にある。街道に看板などは設置していないため、お客さんはこの場所を目的にやって来る(提供:中村 晃)

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みやがわベーグルができるまでのストーリー

STEP 01 場所を探す

建物のコンディション、立地ともに
あえての悪条件からスタート

上)「みやがわベーグル」を手がける福井信行さん(撮影:小西七重)
下)2015年の秋頃、使用されなくなっていた釣具倉庫と出会う(提供:福井信行)

「みやがわベーグル」を手がけた福井信行さんは、マンションや戸建住宅の再生、賃貸物件の空室対策、リノベーション設計・施工を手がける株式会社ルーヴィスの代表。ネガティブに捉えられがちな築年数が経過した物件をポジティブに捉え、懐かしさを残しつつ、新しい価値を吹き込む手法は各方面から注目されています。また、2015年には築30年以上の空き家を対象に、費用負担型サブリースを行うサービス『カリアゲJAPAN』をスタート。オーナーたちが頭を抱える物件を次々と再生させ、福井さんのもとには空き家所有者からの問い合わせが絶えません。

そんな福井さんのもとに、高校時代の後輩から「横須賀や三浦の人口が減少していて、税収も下がり、空き家も増えている。空き家を利用して面白いことはできないか?」と相談を持ちかけられます。さっそく空き家のリサーチを行い、出会ったのが1年以上使用されていない釣具倉庫跡でした。

「いろいろと空き家を見たなかでも、一番コンディションも立地も悪かったんです。あまりにボロボロだったので、リノベーションしてみたいと興味が湧きました。でも、仮に改修したとしても、ここでお店をやりたい事業主はまずいない。だったら、自主プロジェクトとしてやろうと決めたんです。さらに、ここなら三崎港の商店街でお店をやっている人たちの邪魔にならない。商店街の人たちが『ヒマだ』とか『売上がない』と嘆いている話を後輩から聞いていたので、だったら、その人たちよりも悪条件で始めて人を呼んで、売上を立てられるようにしたいと思ったんです。それが実現できたら商店街で嘆いている人たちに『自分たちも頑張ろう』と思ってもらえるかなと」

周囲にお店もなく、地元の人ですらあまり通らない路地。ここに果たして人を呼ぶことはできるのか? 福井さんの壮大な実験がスタートしました。

STEP 02 コンセプトを決める

プロを仲間に
チームでメニュー開発

上)三崎港の名物マグロをあえて避け、地元の人でもあまり口にする機会がない三浦野菜を使ったベーグル。「うちは三浦でベーグルの売上ナンバーワンだと思います。なぜなら、ほかにお店がないから比較対象がないんです」と福井さん(提供:中村 晃)
左下)三浦野菜は都内のレストランなどに出荷されるため、地元ではほとんど売られていないそう。地元出身のスタッフも、ここで働く前は三浦野菜を食べたことがなかったとか(提供:福井信行)
右下)お店には三浦野菜の紹介カードも。福井さんは今後ここで三浦野菜を販売することも検討中(撮影:小西七重)

このプロジェクトの立ち上げメンバーは、福井さんを始め、福井さんに相談を持ちかけた後輩、建物の所有者、ITを本業とする仲間の4名。メンバーはそれぞれ地元で事業を営む事業主でもあり、福井さんの壮大な実験に共感して集いました。まず決めなければならないのは、何を売るか? いわば、お店のコンセプトです。ここで福井さんたちが目を付けたのは、全国的にも品質の良さで知られる地元で採れる三浦野菜。ニューヨークで見かけたベーグル屋にヒントを得て、三浦野菜を練り込んだクリームチーズのベーグル屋を始めることにしました。しかし、メンバー全員が飲食店未経験。ノウハウがありません。そこで、福井さんはFacebookで仲間を募集。食のプロフェッショナルにメニュー開発を依頼したのです。

「Facebookに投稿したら、飲食店のメニュー開発やケータリングシェフとして活躍する寺脇加恵さん(Globe Caravan代表)が『地元だから手伝うよ』と、手を挙げてくれたんです。最初にお店でベーグルを焼くかどうかの議論になったんですけど、なるべく地元の人にお願いしてお金が回るほうが良いという結論になり、三浦で自家栽培した小麦からパンをつくっているパン屋さん『充麦(みつむぎ)』の蔭山充洋さんにベーグルを焼いてもらうことに。メニュー開発については、ほぼ100%加恵さんと蔭山さんが担ってくれました」

こうして、ベーグルの大きさや価格設定、そして鮮やかなビーツを使ったインスタ映えするビジュアルに至るまで、食のプロフェッショナルならではのノウハウが詰まったメニューが完成したのです。

STEP 03 リノベーション

自主プロジェクトだからこそ実現した
必要最低限のリノベーション

上)夜になるとランタンのようにあかりを灯す「みやがわベーグル」。透明ポリカーボネートを使用することでコストも削減
下)改装前は光が入らず暗かった内部も、透明ポリカーボネートの外壁で明るい空間に(提供:すべて中村 晃)

オープンに向けて着々と準備を進める福井さんたち。ベーグルの製造を依頼した「充麦」の蔭山さんもメンバーに加わり、合計5名で出資し、株式会社宮川リゾートを設立。開業資金750万円(出資金350万円、信用金庫からの融資400万円)のうち、500万円をかけてリノベーションを行います(残りの250万円は半年分の運転資金に)。

「完成形は最初からイメージがあって、華美な感じではなく、昔からここにあっても違和感のない変え方にしたかったんです。目の前を通る人が中の様子を覗けるように、外壁を全部外して透明のポリカーボネートにしました。住宅でこれはできないけど、店舗なので断熱性よりも視認性を優先したんです。内部はなるべく既存の状態に近い形にして、お店として必要なカウンターや設備などを置いただけですね。自主プロジェクトなのでコストを抑えられた面はあります。クライアントがいてこれを提案しても、まずOKが出ることはないと思うので(笑)」

透明のポリカーボネートは、駐車場などの屋根に使われることが多い素材。ちなみに、「みやがわベーグル」の隣に残る古びた倉庫の壁には、同じ形状をしたトタンの波板が使われています。リノベーションを終えた倉庫跡は「みやがわベーグル」に生まれ変わりつつも、どこか懐かしさと温かさを備えた佇まいに。

STEP 04 国内外にPR

建築的視点で興味を持った媒体と
お客さんのSNSにより認知度がアップ

上)ショップカードとオープンを知らせるチラシ。チラシ裏面には街道からのルートMAPも掲載(撮影:小西七重)
下)300人もの人でにぎわうプレオープンの様子。とはいえ、平日に訪れる人は少ないため、営業は週末の限定した時間のみ(提供:福井信行)

メニューも決まり、改装も済み、オープン日も決定します。当初、福井さんは3年ほどお店を切り盛りし、その後は誰かに売却ことを考えていたそう。そのため、立地条件が悪いこの場所のバリューを上げておく必要がありました。まずは、地元紙や国内外のメディアにもリリースを配信。建築的な視点で興味を持った媒体に数多く取り上げられ、国内はもとより、海外10カ国でも紹介されました。

そして2016年5月15日、いよいよ「みやがわベーグル」がオープン。すると、誰しもが「こんなところに人が来るの?」と疑っていた場所に、地元の人はもちろん、県外、さらには海外からもお客さんがやって来たのです。

「物件のセレクトの仕方として、中途半端に立地が悪いと近くのお店に行っちゃうと思うんですけど、限りなく最悪な条件であれば、それはフックになりえる。地元の人はそもそもの移動手段が車なので、立地条件の悪さはそんなにネガティブな要素でもないんですよね。そして、遠くからのお客さんはベーグルを買いに来るというより、ここに来るという“体験”を買いに来てくれていると思うんです」

特別な体験をした時、人は誰かにそのことを伝えたくなるもの。訪れたお客さんがアップするSNSの情報により、「みやがわベーグル」の存在はあちこちで知られることとなり、多い時には1日60〜70人もの人がこの場所を訪れるようになりました。また、地元ではほとんど出回っていない三浦野菜とベーグルを組み合わせたことで、三浦の人々が新鮮に感じられたこともポイント。結果として、県外からのお客さんだけでなく、地元のお客さんも全体の5割を占めています。

STEP 05 今後の課題と展望

“わざわざ行きたいお店”であり続け、
エリア全体の魅力を発信する存在に

上)三崎港の商店街で若い世代の店主たちと一緒に借りた空き家。福井さん曰く「半露天の五右衛門風呂や土間打ちのエントランスなど、昭和感がたまりません。小売りや飲食店をあえてやらず、地域で頑張っている人たちが気軽に集まれる会員制サロンのような使い方を考えています」(提供:岩崎聖秀)
下)「みやがわベーグル」から目と鼻の先にある入江。景色も良く、磯遊びもできるため、ベーグルを買ってここでのんびり過ごす人も多い(撮影:小西七重)

「みやがわベーグル」が話題になることで、福井さんの本業である株式会社ルーヴィスにも「あのベーグルショップのようなリノベーションをしてほしい」という依頼が増加。本業にも好影響をもたらし、順調かと思われた「みやがわベーグル」ですが、オープンから1年が経過し、売上は徐々に下降してきていると福井さんは言います。

「これまで自分がやってきた仕事と圧倒的に違うのは、飲食店の場合は何年、何十年と継続的に来てもらえることが大事だということ。どちらかというと、今までやってきた仕事は打ち上げ花火的なところがあるんですけど、飲食店はそうではない。“わざわざ行きたいお店”であり続けないといけないんですよね。この1年で、お客さんが体験を求めてやって来ていることが分かったので、もう少しエリア全体を楽しめる体験が提案できたらいいなと考えています。当初は、3年ほどかけて店を育てたら売却することを考えていましたけど、今はまだまだこの場所で実験したいですね」

福井さんが考える次の一手は、ベーグル以外の要素を「みやがわベーグル」に加えること、そしてエリアを広げて地域全体を盛り上げていくコンテンツをつくること。県外から来るお客さんの「三崎でマグロを食べたり、『みやがわベーグル』も珍しいから来てみたけど、他にどういうところがあるか分からない」という声にヒントを得て、関係性を築いた地元の人たちや企業と協力して取り組むことを模索中だそう。また、三崎港の商店街でお店を構える若い世代の人々から「自分たちも色々やりたい」と声が上がり、商店街にある空き家を一緒に借りることになったのです。

誰もが敬遠するマイナスだらけの場所を、プラスに転換させた福井さん。「みやがわベーグル」をスタートさせる動機でもあった「商店街で嘆いている人たちに『自分たちも頑張ろう』と思ってもらいたい」という想いは、目に見える形となってエリアに波及し、若い世代を中心に刺激を与えています。「みやがわベーグル」オープンから1年、福井さんの壮大な実験は、次のステージに向けて動き始めています。

小西 七重

Writer

小西 七重

フリーの編集者・ライター。著書に『箱覧会』(スモール出版)、共著に『市めくり』のほか『あたらしい食のシゴト』(京阪神エルマガジン社)がある。

ベーグル屋

みやがわベーグル

2017.11.16更新

  • 住所

    神奈川県三浦市宮川町11-28

  • URL

    http://m-bagle.jp

  • OPEN

    土・日 10:00〜15:00

  • 運営

    株式会社宮川リゾート

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