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シェア型賃貸アパート&ゲストハウス
シェア型賃貸アパート&ゲストハウス/365BASE 静岡県浜松市
Writer原山 幸恵
北には北遠五名山と呼ばれる山々が連なり、南には遠州灘が広がる静岡県浜松市。日本有数の急流である天竜川や多様な生物が生息する浜名湖を擁するこのまちは、山登りやキャンプ、釣り、マリンスポーツなど、さまざまなアクティビティが楽しめるアウトドアの聖地として注目を集めています。
そんな豊かな自然が織りなす美しい景観のまちに、2015年、浜松初のシェア型賃貸アパート「365BASE」がオープンしました。仕掛け人は、この物件の大家であり、不動産仲介業や賃貸物件のリノベーション、不動産コンサルティング業を行う株式会社スズヒロ代表の古橋啓稔(ふるはし・ひろとし)さん。
実家から引き継いだ社員寮跡をそれぞれリノベーション。共有部にアウトドア好きのための仕掛けを取り入れたことで、相場よりも高い家賃にも関わらず、運営開始後8ヶ月で満室に。2017年8月には「365BASE」内にゲストハウス「365BASE OUTDOOR HOSTEL」もオープンし、国内外のアウトドア好きを浜松のまちに呼び込む拠点となっています。
上)自然豊かな浜松の魅力を活かし、2015年に運営を開始したシェア型賃貸アパート「365BASE」。共有部をアウトドア仕様にすることで付加価値をつけ、市内の実家暮らし層もターゲットに見込んだ(提供:株式会社リノベリング)
下)爽やかに出迎えてくれた「365BASE」の大家である古橋さん。シェアハウスやゲストハウス、アウトドア講座、カーシェアリングなど、アウトドアを軸に新たなサービスを生み続ける。ラウンジの壁に掛けられているのは、好きなセンテンスであるアメリカのエコデザインベンチャー企業Holstee社のマニフェスト(撮影:rerererenovation!編集部)
上)高級ホテルの社員寮として契約されていた物件。隣接する2棟の物件のうちの1棟が解約される。24部屋の男子寮だった(提供:株式会社スズヒロ)
浜松市出身の古橋さんは、海外留学の経験を活かして「いつか海外で働きたい」と、海外展開に力を入れる生活衣料品メーカーに入社。都内で店長を経験後、商品企画に携わるなど、多忙な日々を過ごしていました。
「当時はまだ一部上場にもなっていないような小さな会社でしたが、『世界でやっていくぞ!』という目標を掲げていて、挑戦しがいのある仕事だなって思ったんです。でも、仕事が忙しすぎて気がついたら家族との時間がなくなっていて。いざ念願だった海外転勤の話が来た時も『家族と離れてしまう』と、どんどん先が見えなくなっていました」
そんな時、代表から全社員に向けられたある映像を見て、人生の方向転換を決意します。
「そこには、陸上選手みんながスタートラインに立っているなか、ひとりだけ逆方向に走りだそうとしている選手が映っていました。『これからのグローバルの時代のなかで、たとえ周りとは逆方向であっても、自分の思う方向へ行こう』というメッセージが込められていたんですけど、その映像を見た僕は『みんながグローバルに行くということは、逆ってローカルだよな』と捉えたんです。『究極のローカルの仕事って何だろう?』と考えた時、転勤がない仕事がいい。ゆくゆくは実家の不動産業を引き継ごうと思っていたから、『じゃあ、今だな』って思ったんです」
そして、2010年に浜松にUターン。まずは不動産の知識をつけるために市内の不動産管理会社に就職しました。しかし、ここで予想外の展開が。実家が所有し、ホテルの社員寮の男性寮と女性寮として契約されていた大型の2棟のうちの1棟丸ごとが突然解約されることになったのです。
「実家の事業についてはいつか力にならなくてはと思っていたものの、こんなに早く来るとは思っていなかった(笑)」と古橋さん。物件は男子寮として利用されていたもので、入居率が低いことから「隣の女子寮にまとめたい」という希望でした。残された旧男子寮は、築20年の鉄骨造。設備自体が古く、女性から敬遠されがちな3点式ユニットバス。ここから、古橋さんの地元での挑戦が始まります。
上)シェア型賃貸アパート「CHERRY COURT」では、認知度を高めるためイベントを定期的に開催
左下)流しそうめんイベントは、実際に竹を切り出すなど本格的。「CHERRY COURT」に興味を持つ総勢60人が集まった
右下)シェアリビングでは入居者自らが音楽ライブや写真展、英会話教室などを企画することも(提供:すべて株式会社スズヒロ)
当時、古橋さんの手元にあった預貯金は1,000万円。しかし、フルリノベーションすれば3,000万円はかかってしまう大きな物件です。同時に、勤務先の不動産管理会社が持つ市内にある1万戸の物件データをもとに、浜松の賃貸市場を徹底分析していた古橋さん。そこで目にしていたのは、「これじゃ大家さん、儲からないよね」という厳しい現実でした。
「空き部屋がなかなか埋まらない原因は、結局のところ、賃貸市場の供給過多なんです。大家さんは空き部屋を埋めるために家賃価格を下げる。すると収益は低下し、自ずとサービスの質が下がる。そしてまた入居が付きづらくなるの繰り返し。いわば、出口のない消耗戦が行われていたんです」
しかし、エリアやシーズンによっては部屋が埋まるケースもある。そのような物件を持つ大家さんに対しては、「一定の需要があるからわざわざ家賃を下げる必要はない」とアドバイスをしていたのだそう。一方、自分の物件は3点式ユニットバス。市場で見ると、3点式ユニットバスの部屋のユーザーの男女比率は9:1と圧倒的に女性が少ない。かと言って、解体するのも費用がかかるので、どうすれば潜在層である女性を取り込み、家賃の価格帯を維持できるのかを考えなくてはなりません。「ここまではみんな普通に考えるんですよね。だけど、僕自身ここですぐに答えを出せず、悩み始めてしまったんです」と古橋さん。そこで、次のステップで事業計画をつくることにしました。①資金計画を立てる、②マーケットを調査する、③ターゲットを決める、④競争せずに勝つ立ち位置を決める、の4つです。
それ以前に、この物件については建築時のローンを返し終えていなかったので、まずは銀行に頼み込んでそのローン返済期間を延長してもらい、新たな計画の稼働初期でも当面のキャッシュフローが生まれるようにしました。投資金額は、2年分の家賃収入として想定する金額を目安に、自己資金を含めて1,500万円を用意。鉄骨造の法定対応年数が37年なので、仮に17年後に潰すことを考えても、確実に回収できる金額です。当時は個人事業だったので、事業計画は3年間の赤字繰り越し可能期間を目安にもしました。
次に、PEST分析と3C分析と呼ばれるマーケティングの手法を使って分析したところ、意外なターゲット層が見えてきたのです。
「浜松は工業が盛んなまちなのですが、人件費の安いアジアに生産拠点が移っていることで市民の給料は減り、実家暮らしが増えていたんです。一方、東京では震災以降、人との繋がりを重視する傾向があり、シェアハウスがトレンドになりつつあった。当時の浜松市の賃貸の供給部屋数は10万部屋で、うち1.6万部屋は空室。でも、ワンルームの賃貸を消費する層である20〜30代が、市内には18万人もいたんです。そのなかで実際にひとり暮らしをしている人は、僕の肌感覚では3割くらいと読んでいました。そう考えると、潜在顧客はまだ10万人規模でいるはず。ひとり暮らしだけではなく、実家暮らしをしている社会人もターゲットにしたら商売になると思いました」
さらに、浜松にはまだシェアハウス型賃貸がないことが判明。「ワクワクする住まいを提供しよう」と考えた古橋さんは、部屋の改修は最低限行い、代わりシェアリビングを1階につくることに。3点式ユニットバスのマイナスイメージは、大きな共有のお風呂も設置することで挽回しようと考えました。共有部にすることで無くなってしまう部屋数分の家賃は、他の部屋の家賃に上乗せすることで確保。共有部に付加価値を付けることで、家賃を相場よりも1万円高く設定し、建物全体の収益を底上げする形です。
そして2013年、物件を「シェアライフ賃貸CHERRY COURT」と命名し、入居者募集をスタート。しかし、不動産屋を回っても「ユニットバスなのに家賃が高い」と見向きもされず、22部屋のうち4ヶ月間で入居は男性ふたりだけ。入居者がつかない危機が古橋さんを襲ったのです。
ようやく女性入居者がひとり決まり、その友人も招いて歓迎会を開くことに。そこで「シェアハウスってこんな感じなんだ!」「住みたい!」という嬉しい反応を目にした古橋さんは「この物件の良さはいくら不動産に物件資料を見せても伝わらない。直接来てもらって初めて分かるものなんだ」と実感したと言います。待つだけでなくこちらから仕掛けていこうと、翌月には流しそうめんイベントを開催。すると、「CHERRY COURT」に興味を持つ人たちが60人も集まったのです。
「結果的にこのなかから入居した方はいなかったのですが、翌月から4〜5件問い合わせが来るようになったんです。最初の4ヶ月何も問い合わせがなかったのに、9ヶ月目でしっかり満室になった時はほっと胸を撫で下ろしました」
男女比率は5:5と、従来の3点式ユニットバスの入居率の9:1を良い意味で裏切る結果に。さらに、入居者のうち4割はもともと実家暮らしだった人たちです。入居者同士のコミュニティも生まれ、登山やマラソンなどのイベントを開催したり、英会話教室を開いたり。入居者自らが暮らしを面白がる様子は、メディアにも取り上げられるようになりました。
「実家暮らしの人って、必ずしもお金がないという訳ではないんです。『わざわざ実家があるのに、ありきたりな賃貸に暮らすのはもったいない』と思っているだけ。共有部に付加価値をつけることで、戦わずに賃貸競争に勝てると思いました」
上)施設内に設置されたボルダリングウォール。地元のクライミングジムが監修
下左)共有のラウンジ内にはさまざまなアウトドアアイテムが揃う。日常のインテリアとして置かれているが、入居者はすべてレンタル可能
下右)共有ラウンジの扉を開けると、テラスと芝生スペースへと続く。「BBQは入居者に人気で頻繁にやっていますね」と古橋さん(提供:すべて株式会社スズヒロ)
その後、「CHERRY COURT」に続き、隣接する女子寮の物件も古橋さんのもとに戻ってきました。今度はさらに大型! 50部屋の物件です。
時を同じくして、浜松で最初のリノベーションスクールが開催されることに。古橋さんは受講生として参加しました。そこで清水義次さん(株式会社アフタヌーンソサエティ代表)の話を聞き、新たなコンセプトが浮かんだと言います。
「清水さんの『浜松って自然豊かなまちなんですよね』という言葉に、ビビっと来て。『浜松ってアウトドアのまちなんだ!』と初めて気がついたんです。エリアリノベーションのこともスクールで学んだので、物件だけではなく、浜松というまちが“アウトドアのまち”であることを国内外に発信する拠点をつくろうと思いました」
そして2015年7月、「アウトドア好きの秘密基地」として旧女子寮がシェア型賃貸「365BASE」としてオープン。1階はオフィスやサロンなど事業者向けに賃貸を行い、2階から上は住居スペースに。アウトドアアイテムが充実した共用ラウンジや屋外テラス、ボルダリングウォールなど、随所に遊び心が散りばめられた空間に仕上がりました。
初期投資に掛かった費用は2,000万円。工事費が1,400万円。備品費やネット環境の整備を含めて400万円。部屋の改装費が200万円。その資金は、「CHERRY COURT」を、実家から継いだ株式会社スズヒロに売却することで調達しました。
そして、「365BASE」は募集開始から7ヶ月で満室に。アウトドア好きばかりが集まるかと思いきや、「がっつりアウトドア好きという訳ではありませんが、共有ラウンジを気に入って選ばれる方も多い」のだとか。入居審査も古橋さん自らが入居希望者一人ひとりと面接を行っているので、これまで入居者同士のトラブルはなく、経営も安定していると言います。
上)2017年8月に「365BASE」内にオープンしたゲストハウス「365BASE OUTDOOR HOSTEL」。男女混合のドミトリーで、ひと部屋に2段ベッドが5台設置されている。
下左)「365BASE OUTDOOR HOSTEL」の各ベッドの枕元には、コンセントやパソコン用の机があるほか、ゲストは共有ラウンジも利用できる
下右)ショートステイを通じて海外からさまざまなゲストが「365BASE」を訪問。入居者もゲストとのコミュニケーションを楽しんでいる(提供:すべて株式会社スズヒロ)
とはいえ、全室を埋めるのは相当骨の折れる仕事です。実はオープン当初の計画では空室を埋めるために数室をゲストハウスとして活用するアイデアも出ていたのだそうですが、消防法により自動火災報知器などの設備費が追加で発生する可能性があることから断念。そこで、まずは既存の部屋の状態のまま、旅行者やビジネスマンが1週間から利用できる「ショートステイ」を始めることにしました。
「やってみると、思いのほか海外の方が来てくれたんです。なかには1ヶ月ほど滞在してくれる方もいて、僕らも交流ができて楽しいんですよ。そういう風に浜松のアウトドアの魅力に惹かれて訪れる人が増えたら、浜松のまちがもっと面白くなると思いました」
タイミング良く「365BASE」の1階に空き部屋がふたつ出たこともあり、そこをリノベーションしてゲストハウスをつくることに。「小さく始めて、需要があれば拡大していこう」と、ベッド10台からのスタート。最初はシングルルームにする案もありましたが、部屋をふたつ繋げてドミトリーにした方が1.5倍以上稼げる計画だと言います。
ゲストハウスのための初期投資額は450万円。稼働率が3割でも1年で回収できる金額として算出しました。内訳は部屋の改修費に300万円、備品費に150万円。火災報知器については、消防署の検査の結果、設置義務の発生する基準に満たなかったこともあり、想定した金額よりも50万円ほど安く抑えることができました。
そして、2017年8月にゲストハウス「365BASE OUTDOOR HOSTEL」がオープン。シェアハウスに続き、浜松初のゲストハウスが誕生しました。「浜松には海外から人が来ない、というイメージを持っている方も多いのかもしれませんが、浜松にはアウトドアのまちとして世界に発信できる豊かな自然がある。そこにニーズは確実にあるはずなんです」。古橋さんの予想は見事的中し、オープン前からすでに外国人旅行者の予約が殺到したと言います。
上)1階の廊下でひと際目を引くのは、浜松のエリアを描いた巨大なマップ。周辺のオススメアウトドアスポットがマッピングされているほか、「浜松の豊かな自然を将来に渡って守り育てたい」という思いで策定された浜松市民憲章が英訳版で書かれている
下左)休日はオーナーである古橋さんも入居者と一緒にアウトドアを楽しむ
下右)「キャンプしないお父さんも家族をキャンプに連れて行きたくなるアウトドアレンタカー」をコンセプトに始めたカーシェアリング事業「365BASE CAR SHARE」。アウトドアアイテムのレンタルも行う(提供:すべて株式会社スズヒロ)
今後は、会社のアイデンティティである「365日充実した日々」をさらに意識して、「365BASE一帯を、暮らし、働き、泊まれるようなひとつの村にしたい」と古橋さん。すでに「CHERRY COURT」をリノベーションして地中海アウトドアをコンセプトにしたシェアハウス「365BASE Annex」をスタートしたり、住民同士で野菜を育てる畑「365FARM」やアウトドアに特化した車をシェアするサービスを始めたり。もはや大家の枠を飛び越えて、「アウトドア」をテーマにしたライフスタイルを次々と提案しています。
「ここまでの経験から、『賃貸は人生をつくる場所』だと思っています。これまでの賃貸のスタイルだと、隣人の顔すら知らないことが多いですよね。だから何かがあると怖くなって、すぐ管理会社に電話するんです。会社にいた頃、入居者からのクレームは7〜8割が『隣の人がうるさいから注意してください』っていう内容だったんですよ(笑)。でも、その壁を取っ払うことができればもっとみんな楽しく暮らせるはず。僕の好きな言葉で『人生とは、あなたが出会う人々であり、その人たちとあなたがつくるものである』というのがあるんですけど、『365BASE』で色んな人に出会って、楽しい人生をつくってくれたら良いなって思っています。あと、浜松はアウトドアで世界に誇れるまちだから、そこを行政も一緒にPRしてくれたら心強いですね」
大手衣料品メーカー勤務や不動産管理会社での経験で培ったマーケティングの手法と知識量をもとに、分析と検証を繰り返し、潜在ニーズを汲み取り、共有部に付加価値を付けて大型物件を見事再生させた古橋さん。その手法は、“出口のない消耗戦”が繰り広げられていた賃貸市場に希望の光を射し込みました。浜松でしか体験出来ない「自分らしい暮らし」を提案しながら、アウトドアのまちとして浜松の魅力を発信する。「365BASE」を拠点に、古橋さんの挑戦は続きます。
Writer
原山 幸恵
シェア型賃貸アパート&ゲストハウス
2019.12.26更新
静岡県浜松市中区曳馬2-1-25
053-411-6008
【365BASE ANNEX】
365life-realestate.com/sharelife/detail/7
【365BASE OUTDOOR HOSTEL】
365base.jp
【365carshare】
365carshare.com
【365BASE REALESTATE SELECT SHOP】
365life-realestate.com
【リノッチャオ】
365life-realestate.com/renovation/renociao/
株式会社スズヒロ