ReReRe Renovation!

継続は力なり。
店からまちの文化をつくる道

ジャズバー/ハァーミットドルフィン 静岡県浜松市

ハァーミットドルフィンってどんなところ?

原山 幸恵

Writer原山 幸恵

ヤマハや河合、ローランドなど、世界にも名を響かせる国産楽器メーカーがひしめき合う静岡県浜松市。舞台となるのは、JR浜松駅を降りて広小路を北へ進み、路地へと曲がったところにある閑散としたエリアに佇む「KJスクエアビル」です。その2階にあるのが、「ハァーミットドルフィン」。ジャズの愛好家にはもちろん、プロのミュージシャンからも「浜松でライブをするならハァーミットドルフィン」と、厚い信頼を寄せられている人気のジャズバーです。

 

「KJスクエアビル」の大家で、ジャズバーやホール、スタジオなど同ビル内のテナント運営も自ら手がけている檀和男(だん・かずお)さん。今でこそライブハウスやジャズ喫茶、ジャズバーなどがまちなかに溢れ、“音楽のまち”と並んで“ジャズのまち”と称される浜松ですが、実は20年前はジャズの文化は少なく、檀さんが店を始めた当初は「まちなかにはジャズの生演奏が聴ける店が1軒もなかった」のだとか。

 

大好きなジャズをまちの人たちに聴かせたい。その想いを胸に、コツコツ店を続けて19年。浜松のまちにジャズの文化を根付かせたプレイヤーのひとりとして、また大家として、それぞれの立場から話を伺いました。

 

上)「KJスクエアビル」の2階に入居するジャズバー「ハァーミットドルフィン」。この店の開店後、周辺にライブハウスやジャズバーが少しずつ増え、“ジャズのまち”としても浜松に注目が集まるようになった(提供:株式会社リノベリング)

下)「KJスクエアビル」の大家であり、ジャズバー「ハァーミットドルフィン」のマスターでもある檀さん。1998年に市内にある12坪の店からジャズバーをスタートし、2004年に現在の場所へ移転した。「ハァーミットドルフィン」とは、英語で「群れから離れたイルカ」という意味(撮影:rerererenovation!編集部)

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ハァーミットドルフィンができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

たった12坪の店から挑戦

上)旧ハァーミットドルフィンの店舗。まちの中心地にある繁華街でスタートした(提供:ハァーミットドルフィン)

東京で生まれ浜松で育ち、東京の大手企業に就職した檀さんは、30歳を迎えるタイミングで退職してUターン。市内の広告会社に入社して7年間勤務した後、「小さくてもいいから、自分の商売がしたい」と安定したサラリーマン生活に終止符を打ち、1998年、親族や家族からの猛反対を押し切る形でジャズバーを開業しました。

「ただ、『絶対にジャズバーやりたい!』っていう訳ではなかったんです。どちらかというと、『自分の世界をつくりたい』っていう思いの方が強かった」

ようやく手に入れたのは、12坪しかない小さな空間。ジャズバーと謳っていながら、その狭さゆえにライブを行うのは難しく、好きなアナログレコードやCDをひたすら流す店でした。それでも、当時浜松にはジャズを聴かせる店が少なく、貴重な存在だったそう。「オープンからお客さんがたくさん来ましたね。うまく行きすぎなくらいでした」と檀さんは笑います。

店が忙しく年中無休で働くある日、ジャズ仲間の先輩である不動産屋さんから「空いている物件があるからカフェをやってみない?」と声が掛かります。なんと、初期投資は全額その先輩が負担してくれるという好条件でした。

ジャズバーの経営が軌道に乗っていたこともあり、この提案を受けた檀さんは2001年に「四ツ池ミュゼカフェ」をオープン。「オーナーの僕もほとんど店に立っていました。シェフにも2店舗を兼務してもらって、昼はカフェ、夜はバーで休みもない。若かったからできたんだと思います」

とはいえ、過剰なハードワークは長続きしないもの。2軒とも繁盛していましたが、スタッフのやりくりが難しくなり、カフェはオープンからわずか2年で後輩に譲渡することに。「いい勉強だと思っています」と苦笑いする檀さん。しかし、その頃は「四ツ池ミュゼカフェ」でプロミュージシャンたちを招いてライブを開催していた経験から、「ライブ演奏ができる広いハコを持ちたい」という次なる目標をすでに掲げていたのです。

STEP 02 店舗を移転

短期決戦の資金集めに苦戦しながら
奇跡的に購入した4階建の雑居ビル

上)1店舗目の「ハァーミットドルフィン」から500メートルほど離れたエリアにある「KJスクエアビル」。購入当時は、スナックや漫画喫茶、事務所などが入居していた(撮影:rerererenovation!編集部)

たった12坪の店舗では、ライブとなるとステージに立てるのはせいぜい1〜2人が限界。大所帯のライブはできません。さらに、バーとカフェ、そして市内にオフィスも構え、気が付いたら家賃だけで57万円以上も支払っていたという檀さん。「これを返済にあてれば何がしかの自社物件が買えるのでは……」と、移転先を探すことにしました。

そして、まもなく「KJスクエアビル」との運命的な出会いを果たします。メインストリートから1本外れた通りに佇む、築40年の4階建の物件。繁華街から少し離れているから、音を出しても大丈夫なうえ、空きテナントも自分で使える。なにより売値が4,200万円と、4階建のビルとしては安値なのが魅力でした。当時は1階がスナック、2階が事務所、3階が漫画喫茶と事務所、4階は住居として使われていました。

「ビルは資産になるので、買わない手はないと思いました。今の入居者に加え、自分がテナントを借りた場合の家賃総計は57万円。銀行から融資を受けても返済は月30万円程度で済むので、購入して今の入居者から家賃を集めれば、月々の収支は黒字。さらに、自分の事業を移転すればいきなり利益が出る。当時はこんなおいしい物件が普通に流通していたんです」

しかし、同じく物件を狙っているライバルがいました。

「物件って、情報が出たらヨーイドンなんですよ。その時に、金融機関からの融資予定の裏付けがないというのではレースに参入できない。それだけがネックでした。ただ、もう開き直って、ダメもとで女房の父親に保証人を引き受けてもらいました。あとは、少ないながら実績でしょうか。3つの店舗を経営し、家賃がしっかり払えていたことと、経営が黒字だったことが金融機関的に大きかったみたいです。本当にギリギリでしたが、人脈と企画と実績の部分が評価されたのか、なんとか物件を購入することができました。周りの不動産屋さんからも『競合相手に勝ったことは奇跡』と言われました」

そして2004年、「KJスクエアビル」を購入し、「ハァーミットドルフィン」も2階に移転することに。その時経験したのは、「良い物件が出てきてから事業計画を考えよう」ではとても間に合わないということ。

「僕の場合、すでに頭の中に企画があったから通ったけど、資金に関しては全くのヨーイドンだった。そこは反省点ですね」

初期投資は、総額6,500万円。物件購入費に4,200万円。外装や廊下、水回りが老朽化していたため、ビル全体の改装費に1,300万円。また、ジャズバーの内装費は什器や床材、壁塗り、音響機材も含めて1,000万円かかりました。6,500万円のなかには運転資金は含めていなかったそうですが、事業を継続するために十分な売り上げはオープン当初から上げることができたと言います。

STEP 03 リノベーション

等身大の予算で空間の持ち味を活かす

左)「ハァーミットドルフィン」の内装デザインはすべて檀さんが担当。音の響きが良いので、「レコーティングで使用したい」と希望するミュージシャンに貸し出すことも(撮影:rerererenovation!編集部)
右)D.I.Y.で完成させた3階のイベントホール。「初めてのD.I.Y.だったので、ペンキ塗るだけでもしんどかったですね。ただ、自分の物件なので準備期間中の家賃も気にしなくて良いのが気持ち的に楽でした」(提供:株式会社リノベリング)

当時はD.I.Y.リノベーションへの関心は大きくなく、2階のジャズバーの図面だけを描いて、施工はすべてプロに任せたのだそう。

「やっぱりライブをやる時は音が大事なので、空間の容量があることと、音の響きがあることは大切にしました。壁や床に石や木などの自然素材を使っていることと、天井が高いことで、ピアノの音がすごく響くんです。それが結果的に、『音が良いライブハウス』として知られるようになったのは光栄なことですね」

しかし、ここでショッキングな出来事が。1階と3階はこれまで通りのテナント貸しで家賃を回収する計画でしたが、3階に入居していた漫画喫茶がいきなり退去してしまったのです。

「家賃14万のところが出て行くのは非常に大きな痛手でしたね……。これは今だからこそ言えることですが、その時期はビルを建て替えようかって考えたんです。3社くらいから分厚い見積書をとって、7階建ての防音マンションに建て替えようと。当時、そういう物件が東京で流行っていて。楽器メーカーの社員さんに入居してもらえるかな、とか頭によぎって(笑)。でも、どういう人が使ってくれるのか具体的にイメージした時、今このビルで見えている人たちの顔ではない、全然知らない人たちの顔が浮かんできたんです。建て替えたら借金を返すために働くベクトルになって、今みたいに楽しくはないだろうな、と思って踏みとどまりました」

自分の世界をつくりたいから始めた仕事だったはず。そう思い直した檀さんは、テナントが抜けた3階を自らリノベーションして使うことにしました。

「ちょっと雨漏りもあって他の人に貸すのは難しかったので、ライブやパーティーなど、気楽に使えるイベントホールにすることにしたんです」

電気の配線と壁・天井の解体以外は、すべて自分でD.I.Y.。天井まで伸びる長いローラーを使ってペンキを塗り、床板を一枚一枚張り、ドリンクカウンターも造作しました。そうして、70人が収容できる大きなイベントホールが完成。工事費用は70万円。アマチュアのライブやパーティーとして利用されることが多く、投資回収には1年もかかりませんでした。

「ニーズがあったというより、2階のバーだと狭くて他の店に逃していたお客さんを3階で掬えたという感じですね。これまで取れなかったものが、取れるようになったんです」

その後、気がつけば、「KJスクエアビル」の周りにはライブハウスが2軒オープンし、今までジャズライブをやっていなかったカフェやバーでもアマチュアのプレイヤーたちが演奏するように。

「うちの店では基本、プロのミュージシャンが演奏していますけど、他の店では地元のアマチュアを中心にやっていることが多い。微妙な棲み分けをしながら、店がだんだん増えていくというのは良いことだと思います」

こうして、檀さんのお店をひとつのきっかけに、浜松のまちに少しずつジャズの文化が育まれていったようです。

STEP 04 クリエイターに開く

浜松を面白くする
若手クリエイターたちのシェアオフィス

左)2013年から3階の事務所跡を若手クリエイターのシェアオフィスとして貸し出している(提供:株式会社リノベリング)
右)入居者のひとりであるWEBデザイナーの鈴木力哉さん。「ここに来て『浜松まちなかにぎわい協議会』の方と仲良くなりました。まちとの距離が近くなって、繋がりも増えてきたような気がします」(撮影:rerererenovation!編集部)

ちなみに、2階のジャズバー、3階のイベントホールのほかに、2階の事務所跡に知り合いから譲り受けたピアノやアンプを置いて、簡易の音楽スタジオとして貸し出しています。現在3階のひと部屋は若手クリエイターたちがシェアオフィスとして活用中。そのひとりであるWEBデザイナーの鈴木力哉さんは、もともとこのスペースに入居していた知り合いからの紹介で、2013年に入居しました。

「まちのなかで開催する『DESIGNEAST 05 CAMP in Hamamatsu』というデザインカンファレンスにスタッフとして参加することになって、ちょうど開催場所の近くに拠点が欲しいなと思っていたところでした。せっかくのご縁だし、使わせていただくことにしたんです」

家賃は、檀さんの好意もあって「応援価格」。しばらくは鈴木さんひとりで打ち合わせスペースとして使用していましたが、当時一緒にプロジェクトをやっていた若手の建築メンバーから「ホームページをリニューアルしたいんだけど、自分たちは駆け出しでお金がないから物々交換でどう?」と持ち掛けられ、オフィスをリノベーションしてもらうことに。

「それまで全部寄せ集めでやっていたので、事務所の使い勝手が良くなかったんです。図面だけ確認して、天井を落とすところから全部やってもらいました。最初はシェアオフィスとして使う予定がなかったんですけど、リノベーションが終わった後『ふたりにもこのスペースを使ってもらってもいいですか?』と檀さんに相談したところ、人数が増えるごとに家賃を上げていく、という形で快諾してもらいました」

「あんな風に素敵に変えてくれると、ワクワクしますよね。空間が変われば面白い人も集まって来るし。お金をかけない使い方はいくらでもあるんです」と檀さんも話します。

ホームページのリニューアルでかけた人件費を除けば、改修費用はたったの10万。資材の購入費だけで済みました。その後も入居者が増え、2017年現在では鈴木さんの繋がりで集まった20代後半〜30代前半のクリエイター5人が入居しています。スキル交換という機会を経て、互いのスキルを知ることが出来たので、今では仕事を紹介し合うこともあるのだとか。

紆余曲折はあるものの、なんと現在のビルの家賃収入は購入時に比べると8万円も上がり、57万円から65万円になりました。

「ホールと音楽スタジオがきちんと稼働しているおかげですね。大家でありながら、自分でも自由にテナントを使えていることが大きいです」

STEP 05 今後の展開

深い想いとお金はセット。
すべて自分のためにやる

左)「ハァーミットドルフィン」では、プロのミュージシャンが年間約100本のライブを行う
右)ジャズバーやイベントホールは、月の半分がライブやパーティーで埋まる。「こんなにお客さんやミュージシャンから『ありがとう』と言ってもらえて幸せですね」と檀さん(提供:すべてハァーミットドルフィン)

もちろん、最初はプロのミュージシャンとの繋がりもなく、檀さんがギャラを用意して呼ぶことから始めました。しかし、KJスクエアビルに移転後、少しずつ評判が広まり、ミュージシャンから「ライブをやらせてほしい」と声がかかるように。以前は月1〜2本だったライブも、今では月7〜8本ほどに増えました。ここ5年に関しては、檀さんからお願いしたライブは1〜2本くらい。あとはほぼすべてミュージシャンからのオファーなのだとか。

「10年以上店をやっていると、ミュージシャンから『ライブでこんな使い方してもいいかな?』と提案されたり、ジャズのなかでは大御所と呼ばれる人たちが来ることもあります。ミュージシャンたちのなかで、『浜松でやるとしたらハァーミットドルフィン』というありがたい口コミでどんどん広がっているみたいですね」

一方、これまで強い意志を持って進んできた檀さんにも、「最初の6年間には『何やってんだろうな』と思う瞬間もあった」のだとか。

「最初の店を始めて2年が経過した頃、折からの不況で売り上げが急劇に落ち込み、お客さんがひとりも来ない時期があったんです。このままじゃダメになるかも……と本気で思いました。でも、続けていれば、じわじわと知られていく。軽く聞こえるかもしれないけど、やっぱり自分が考え抜いて、『これを好きで選んだのだから』ということが、唯一踏ん張ることができる理由なのかもしれません」

気分が前に向かない時期は、市の図書館でCDを借りて、ひたすら大好きなジャズを聴いて気を取り直したそう。そうして数々の壁を乗り越えてきた檀さんだからこそ、大家として、まちづくりのプレイヤーとして、それぞれどんなことを伝えたいのでしょう?

「多くの大家さんはより高い家賃で貸したいと考えていらっしゃると思うけど、僕は自分でもテナントを使っている身からすると、ある程度家賃は忖度してあげないと続けられないなって思います。あと、改修工事も人に任せっきりで莫大なお金をかけていたら、初期投資に縛られてしまう。物件を持っている大家さんには、こうした実例に刺激を受けて、『もっと自分の物件がこうなったらいいな』という視点を持っていただきたいなと感じます。それだけでも状況は変わると思います」

一方、まちづくりのプレイヤーとしては厳しい意見も。

「物件を借りてリノベーションして事業を始めるのは誰でもできるけど、長く続けていくということや、厳しい競争に勝っていくということは思い付きじゃできない。浜松のリノベーションスクールの提案を見ていると、まだ提案レベルで留まっているのが事業化になりきれていない理由だと思う。木下斉さん(エリア・イノベーション・アライアンス代表理事)の本の中に、『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である』という二宮尊徳の言葉が引用されているけど、経済的裏付けされていないような道徳は絵空事なんですよね。深い想いとそれを実現するお金はセットだから、夢だけでは足りない。でも、本気で長くやっていれば良いことが起こるんですよ。『俺、儲かんなくていいんです』なんて言っている人は助けようって思わないけど、一生懸命やっている人なら助けたくなる。だから、『ちゃんと踏ん張って続けていると、自分でも想像していなかった良いご褒美がいっぱいあるよ』って伝えたい。最初は厳しいことがあっても、続けていたら楽しくなるから。ただ、そのニュアンスが分かるまでは時間がかかりますけどね」

テナント収益だけに頼らず、オーナーの「本気の好き」が広がる場所、若者が活き活きと集う場に生まれ変わった「KJスクエアビル」。小さい単位であっても、自分のやりたいことを積み重ねられるのが“リノベーション”だと檀さんは言います。大家もプレイヤーも、大事なのは自分の描くビジョンをどんな時も諦めずに持ち続けること。時代とともに変わり続ける「KJスクエアビル」の今後が楽しみです。

原山 幸恵

Writer

原山 幸恵

たらくさ株式会社アシスタントエディター。Happy Outdoor Weddingライター、リリリリノベーション編集部として、全国各地のまちの光景を追いかける。まちと公園をめぐる『Picnic in Tokyo』プロジェクトリーダー。自転車でまちを走るのが好き。

ジャズバー

ハァーミットドルフィン

2017.10.11更新

  • 住所

    静岡県浜松市中区田町326-25 KJスクエア2F

  • TEL

    053-451-1807

  • URL

    http://www3.tokai.or.jp/hermitdolphin/

  • OPEN

    【バー】19:30〜深夜
    定休日:日・月・祝日

    【ランチ】11:30〜14:30(14:00ラストオーダー)
    ※金・土のみ営業

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