ReReRe Renovation!

少年の頃から描いていた光景を形に。
まちの人と山の人の“第二の家”をつくる

カフェ/KISSA&DINING山ノ舎 静岡県浜松市

KISSA&DINING山ノ舎ってどんなところ?

小西 七重

Writer小西 七重

浜松からローカル電車でコトコト揺られること約50分。すぐ近くに天竜川が流れる天竜地区は日本三大人工美林にもあげられる林業のまちとして栄えてきたエリア。とくに二俣町は、木材だけでなく、塩や絹などの流通の要となり、かつては花街もあったほど賑わいを見せていました。海外の輸入材に押されて林業が衰退すると同時に、まちも活力を失っていきましたが、最近では林業関係者の熱心な取り組みもあり、徐々に状況が改善されつつあるそう。

 

そのまちに、2015年9月、「KISSA&DINING山ノ舎(やまのいえ)」がオープンしました。オーナーは、東京からUターンして戻ってきた中谷明史さん。人が集まる場をつくりたいと、若干25歳で店をスタート。商店街のメインストリートのど真ん中に位置するこの店には、平日は地元の若者からお母さんたち、休日は近隣のまちからカップルや家族連れがここに立ち寄り、浜松エリアのまちと山をつなぐ“交流拠点”として機能し始めています。

 

上)2015年にオープンした山ノ舎。静岡の山とまちを繋ぐように流れる天竜川のほど近くに位置し、山とまちの双方に住む人々が集う場所となっている

下)バーテンダーから東京R不動産への転職、さらにUターンを経て、山ノ舎をオープンさせた中谷明史さん(撮影:すべて小西七重)

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KISSA&DINING山ノ舎ができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

子どもの頃の原風景
“お酒を囲む場”に惹かれて

上)山ノ舎がある天竜区二俣町は中谷さんの地元。歩いて1分もかからないところには二俣川が流れ、夏場は子どもたちが河原で遊ぶ姿も(撮影:小西七重)
左下)お酒を囲み、人々が語り合う場が好きだった少年時代の一枚。ちなみに、中谷少年は中央一番奥。誕生日席で満足気な表情(提供:中谷明史)
右下)ターニングポイントとなった書籍『だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル』(馬場正尊・林 厚見・吉里裕也著/ダイヤモンド社刊)

「山に住む人と、まちに住む人の交流ポイントになる場をつくりたい」と、中谷さんが山ノ舎をオープンさせたのは若干25歳の時。しかし、すでに高校生の頃から「人が集う場」に関心を寄せていたと言います。

「僕は中学入学と同時にこの地域に引っ越してきました。子どもの頃から父が祭り好きだったので、家にいろんな人が集まってワイワイしているところを見て『お酒がある場っていいな』と思っていたんです。その頃はまだお酒も飲めないですし、深くは考えていなかったですけど、高校生の頃には漠然と『まちの人が家族のように接してくれる、この風景を次の世代にも残していきたいな』と考えるようになりました」

お酒に興味を持っていた中谷さんは、東京農業大学短期学部醸造科に入学。2年間飲食店とバーのアルバイトを掛け持ちして生活費を稼ぎ、卒業後は同級生が酒蔵に就職するなか、バーテンダーとしてバーに就職します。しかし、いざ“お酒がある場”で働き始めても、中谷さんのなかに膨らんでいくのは「何かが違う」という違和感でした。そして、違和感の理由を探して本屋を訪れた時、運命の1冊と出会います。

「今でも忘れないんですけど、六本木の青山ブックセンターで『だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル』(馬場正尊・林 厚見・吉里裕也著/ダイヤモンド社刊)に出会って、これだ!と思ったんです。どこまでいっても、僕が興味を持っていたのは“お酒がある場”。それはイコール飲食店ではないんですよね。だったら、空間を扱う仕事をするべきだなと思いましたし、働き方にしても、何かに縛られてものを売るのではなく、自分が選んだものをお客さんに吟味してもらって、喜んでもらう。その報酬としてお金をもらいたいと思っていたので、東京R不動産の仕事にとても魅力を感じたんです」

中谷さんはすぐさま働いていたバーに辞表を出し、東京R不動産にコンタクトを取ります。「自己紹介と自己アピール」として送った書類には、それまで漠然としていた“場”への想いではなく、「地元地域を最適な形で発展させ、これからの地方社会におけるモデルケースのひとつとして全国に発信していきたい」と明確な目的が綴られていました。

その想いが通じ、中谷さんは22歳でフリーランスとして東京R不動産と業務契約を結び、未経験からの不動産業をスタートさせます。しかし、当時はまさかその2年半後に地元でお店をオープンさせるとは夢にも思っていなかったそう。

「志望動機に書いたビジョンは仕事をしながらもずっと持っていたんですけど、実行できるのはもっと先だと思っていました。ひと通りの経験を積んで、東京R不動産の他のプロジェクトにも参加して、きちんと企画も立てられて……。そうすると、やっぱり地元でやれるのは30歳を過ぎた頃かなと考えていたんです」

STEP 02 物件との出会い

まちの中心にあった良物件が空き家に

上)オープン前の物件外観と内部の様子。外観も天竜杉を使った内装もそのまま活かせたことが、短い準備期間でのオープンと初期費用の大幅な抑え込みに成功したポイント(撮影: 中谷明史)

中谷さんのプランに急展開が訪れたのは、2015年5月。ゴールデンウィークに帰省していた中谷さんは、まちのメインストリート「クローバー通り」の中心にあった静岡発のロースタリー「ヤマガラコーヒー」が移転したという張り紙を見つけます。

「すごく雰囲気が良くて、オープンした時は『この通りも変わり始めたんじゃないか!』と思ったお店だったんです。その移転を知らせる張り紙を見た時に『僕がやるしかないな』とピンと来たんです」

物件のある場所は、クローバー通りのど真ん中。浜松市全体から見ても、中心に位置しています。2015年1月に浜松で行われたリノベーションスクールに参加し、KAGIYAビルなどのまちの変化を知り、 「浜松で面白いことが始まっている、自分もやるべきだ」と背中を押されていた中谷さんは、山とまちの交流地点になりうる立地だと判断し、すぐさま物件情報を集めます。そして一旦は東京に戻ったものの、3ヶ月の休職を願い出て、浜松に戻ってきました。

「ここは浜松の真ん中。山の人はこの二俣町を通ってまちに行くし、まちの人は二俣町を通って山に入っていく。両者にとってここが交流ポイント、つまり“第二の家”になるような場所でありたいと思い、山ノ舎と名付けました。ここに情報が集まり、人と人が交流することで新しいことが始まる場になればと考えたんです」

飲食の経験があった中谷さんは、この新しい拠点を昼はカフェ、夜はバーとしてスタートさせることを決意。地元の仲間たちに声をかけ、一緒に働いてくれるスタッフも確保し、怒涛の開店準備が始まりました。

STEP 03 オープンに向けて

準備期間はわずか1ヶ月。
スピードオープンを可能にした背景

上)入り口を入ると、大家族のダイニングのような空間が広がる(撮影:小西七重)
左下)二俣町メインストリートの中心に位置する山ノ舎。入り口にかかる青空のような色の暖簾は、天竜地区出身の染色作家・髙木法子さんによるもの(撮影:小西七重)
右下)2階にはゆったりくつろげるソファー席も。テーブルやイスなどの什器は、リノベーションスクールで出会った寺田隼さんにデザインを依頼(提供:中谷明史)

中谷さんが東京R不動産を休職し、二俣町に戻ってきたのが2015年7月末。そこから物件の契約、事業計画、飲食店営業許可の取得、仕入れのルート確保、メニュー考案……etc、お店オープンまでの準備をわずか1ヶ月あまりで完了させます。物件と出会ってからオープンまでの期間、これだけスピード感を持って実現できたのには理由がありました。

「一番の理由は、改修の必要がなかったことですね。物件そのものは2011年築の新しいものでしたし、地元の天竜杉を使った素敵な建物だったのもすごくラッキーだったと思います。初期投資がかなり抑えられたのでリスクが少ないというのも、踏みきれた要因でした」

中谷さんが自己資金で用意した開業資金は130万円。その内訳は物件取得費30万円、キッチンなどの設備費70万円、イスやテーブルの材料費や諸経費30万円。これは通常の飲食店開業資金と比べてもかなり低コスト。融資を待つ期間がなかったことも、オープンまでのスピードを短縮できた理由と言えます。また、浜松で参加したリノベーションスクールで出会った友人や仲間たちが什器を製作してくれたり、デザインの相談に乗ってくれたりと、背中を押してくれたことも大きな力に。

オープンに向けた告知も、中谷さん自身が積極的にイベントなどに参加し、人と交流することでネットワークを築き、Facebookを中心に拡散。「そのうち話題になれば、メディアもきっと取材に来てくれる」と、広告・宣伝費は確保しませんでした。

そして迎えた2015年9月1日の「KISSA&DINING山ノ舎」オープン日。中谷さんの目論みは見事的中し、店内は地元と周辺のまち、そして県外からも人が訪れて大盛況を博します。しかし、スピードオープンの思わぬシワ寄せが、開店と同時に表面化。本当の試練はここからだったのです。

STEP 04 運営体制を見直す

場に人を集めるため、
お店の機能を充実させる

上)お店のあるべき姿を見つめ直し、メニューも再考。地元の老舗精肉店がつくる昔ながらのプレスハム「天竜ハム」を使ったクロックマダムは看板メニュー(提供:中谷明史)
右下)浜松市春野町で養蜂を営む養紡屋のはちみつも。夏場はこのはちみつを使ったかき氷も人気(撮影:小西七重)
左下)バーテンダーの経験を活かし、金・土の夜はバーとして営業している(撮影:小西七重)

山ノ舎オープン当日、人が溢れる店内で、それ以上に混乱していたのがスタッフたちでした。というのも、準備期間が短かったため、オペレーションが十分にシュミレーションできておらず、満足のいくサービスが提供できていなかったのです。

「振り返れば、もっと考えておけば良かったと思うことがたくさんありました。本当は最初からいい商品を提供できていたら、リピーターにも繋がって、新しいお客さんも増えていったと思うんですけど、そこができていなかったですね。一緒に働く人とのコミュニケーションも不十分で……。今思えば、お店を経営されている方は、みんなそういったことで悩んでいるのに、甘く考えていましたね」

オープンして1年を待たずして、店から去ってしまうスタッフもいました。しかし、スタッフがいなくなっても、お客さんは待ってくれません。中谷さんは海外から帰国したばかりの弟に手伝ってもらいながら、なんとかお店を開けていました。

「本当はオープンしたら店長にお店を任せて、東京に戻ろうと思っていたんです。それで月に1〜2回は浜松に戻ってきて二拠点生活にしようと。でも、開店してみたらとてもじゃないけど無理でした。頭の片隅では『東京R不動産にも戻らなきゃ』と思っていて……。毎日そんな状態だったので、開店して5ヶ月が経った頃、体を壊してしまったんです。それでもう東京に戻るのは無理だなと考えて、お店に専念することにしました」

とにかく“場をつくる”ことに必死で焦っていたと言う中谷さん。トライ&エラーを繰り返した1年を経て、「お店がきちんとまわっていかないと、何もできない」と、新しいスタッフと一緒にメニューやオペレーションをイチから見直します。そして週末のみのバータイムには定期的にイベントを企画し、地域の人々とざっくばらんに語り合う機会をつくるなど、少しずつ山ノ舎が誰かの“第二の家”となるよう、種蒔きを始めます。

その結果、オープンから2年を迎える頃には、カウンターには中谷さんと会話を弾ませる同世代の常連さん、2階のゆったりとしたテーブル席には地元のお母さんたち、そして入口には「昨日テレビに出てたね」と中谷さんに声をかけるおじいちゃんの姿が。

そんな店内で中谷さんに「山ノ舎ができて、この地域が変わったなと思うことはどんなことですか?」と尋ねると、カウンターでお茶を飲んでいた常連さんからこんな答えが返ってきました。

「自分たちの世代で『ここで何かやりたい』っていう人同士のコミュニティができたことだと思うよ。みんなが集まる場所ができたから」

STEP 05 今後の展望

ここに住む人、訪れる人を
笑顔にするツーリズムの提案

上)中谷さんの新たなプロジェクト『uraniwa』
左下)uraniwaでは、気田川でのラフティングやカヤック、キャニオリングなど、豊かな自然とアクティビティが紹介されている
右下)サイト上には、「こんなところが日本にあるの!?」と驚く光景が溢れている(提供:すべて中谷明史)

高校生の頃に抱いた「人が集う場をつくりたい」という想いを、1冊の本と運命的な物件との出会いで「山とまちの人が交流する“家”」に実現させた中谷さん。お店をオープンさせた当初は、商店街を再生させる不動産業も考えていたそうですが、まちの人と対話するなかで、今は考え方が変わってきたと言います。

「まちの人の意見を聞いてみると、みんなが『商店街を復活させたい』と思っているわけではないんですよ。実は住宅街にしたいと思っている人もいる。それを止めて、無理やり商店街を復活させることが正しいことだとは思わないんですよね。僕は『まちづくり』って、どこまでいっても『人』だと思うんです。なかにいる人が変わらないと、まちの風景も変わらないし、未来も変わらない。本当のゴールは、意識の高い人がここに来てくれるだけじゃなくて、スーパーのレジ打ちをしているおばちゃんたちが、毎日の生活のなかで笑顔が増えたりすること。それができないと、まちも人の生活も変わっていかないと思っています。だったら、まずは楽しいことをやろう!と切り替えました。楽しいことをやれば、そこに人は集まるし、笑顔も増えるでしょうし」

中谷さんが考えた“楽しいこと”。それは、この自然に囲まれた地域資源を活かしたアクティビティを紹介する旅行業でした。『uraniwa』と名付けた新プロジェクトは、山ノ舎に集まるアクティビティやスポットの情報を、中谷さんをはじめ、遠州綿紬や浜松注染そめなど、浜松の伝統工芸や林業に携わる個性的なライターが届けるというもの。

2017年9月に公開された『uraniwa』のWebサイトでは、「こんなところが日本にあるの!?」と驚くロケーションでのキャニオリング(渓流を下るアクティビティ)やリバーサップなどが紹介されています。各紹介コメントは、東京R不動産時代にセレクトした物件を自分の言葉でオススメしていた経験を活かして中谷さんが執筆していますが、今後は山ノ舎で繋がった伝統工芸のつくり手や林業関係者も執筆陣に加わる予定。アクティビティを主催している団体と連携しているため、このサイトからアクティビティの予約ができる上に、執筆陣を通して地域の伝統工芸や文化を発信できるメリットもあります。

「『uraniwa』の目的は、豊かな自然を体験するアクティビティの紹介と、伝統工芸や文化の周知です。遠州綿紬や浜松注染そめなどの伝統工芸は、ものとしてもすごくカッコ良くて、つくり手も魅力的な人がたくさんいる。だけど、やっぱり業界の外に情報が出て行きにくいので、ここからさまざまなところに拡散するきっかけが生まれるといいなと思っています。体験をしてもらうことも重要なんですけど、それをアテンドしている人たちにもファンを増やしたいですね」

こうした中谷さんの活動は、行政からも注目を集めており、天竜区の一大イベント『天竜産業観光まつり』の事務局も任されたそう。

「事務局はもともと市や商工会が担っていたんですけど、人がいなくなって、民間に委託することになったんですよね。今後はそういったこともたくさんあると思っていて、その受け皿になれたらいいなと思います。人がいないところだからこそ、若くて『何かやりたい』と思っている人にも仕事がまわってくる。そういうモデルケースになれたらいいですね」

「KISSA&DINING山ノ舎」が山とまちのプラットフォームとなり、そこに集まる人と情報から、旅のコンテンツ『uraniwa』が誕生。魅力的なコンテンツと場、そして人がいれば、十分にそこを訪れる理由になります。そうしてひとり、またひとりと全国に「山ノ舎」を“第二の家”にする人が増えていくのを想像すると、中谷さんが思い描くゴールも見えてくるような気がします。

小西 七重

Writer

小西 七重

フリーの編集者・ライター。著書に『箱覧会』(スモール出版)、共著に『市めくり』のほか『あたらしい食のシゴト』(京阪神エルマガジン社)がある。

カフェ

KISSA&DINING山ノ舎

2017.11.30更新

  • 住所

    静岡県浜松市天竜区二俣町二俣1283-1

  • TEL

    0539-25-1720

  • URL

    www.yama-ie.com

  • OPEN

    ●KISSA&DINING山ノ舎
    11:00〜17:00(金・土曜のみ19:00〜24:00夜の部営業あり)
    定休日:第2・第4火曜、毎週水曜

    ●uraniwa
    WEBサイト:uraniwa.in

  • 運営

    山ノ舎

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