公園の新しい光景と共に育つ、
各務原市のクリエイティブな公民連携スタイル
コーヒースタンド&食堂/「KAKAMIGAHARA STAND」「かもす食堂」 岐阜県各務原市
Writer小西 七重
各務原市の中心地にある「学びの森」は旧岐阜大学跡地を整備した公園で、その広さはなんと約4.0ヘクタール。天気の良い日には、子ども連れのお母さんたちで賑わい、休日にはレジャーシートを敷いてくつろぐ人の姿が見られます。しかし、数年前までは市内で聞いてもこの公園の存在すら知らない人が多かったと言います。
閑古鳥が鳴いていた公園の日常を、市民それぞれが楽しみを見つけて訪れるまちの風景へと変えつつあるのが、2016年に誕生した公園内にあるコーヒースタンド「KAKAMIGAHARA STAND」と、2018年にオープンした公園に隣接する「かもす食堂」です。「KAKAMIGAHARA STAND」の運営は美容院やセレクトショップ、飲食店、デザイン事務所を営む各務原市内在住の5名で発足した「一般社団法人かかみがはら暮らし委員会」(以下「暮らし委員会」)が行い、「かもす食堂」は「暮らし委員会」代表理事・長縄尚史さんが運営しています。そして、本業をそれぞれに持つ彼らが公共空間である公園でコーヒースタンドをはじめ、人々が集う場を創出した背景には、キーマンとなった各務原市役所につとめる廣瀬真一さんの存在がありました。
各務原市ならではのクリエイティブな“公民連携”の関係性を探ります。
上)休日に賑わう「学びの森」。遊具がなく、芝生が広がる公園は、訪れる人が思い思いの楽しみを広げられる空間でもある(提供:各務原市)
下左)一般社団法人かかみがはら暮らし委員会代表理事・長縄尚史さん(右)と、各務原市役所 市長公室 広報課・廣瀬真一さん(左)。公園内にある「KAKAMIGAHARA STAND」にて(撮影:小西七重)
下右)「学びの森」内のコーヒースタンド「KAKAMIGAHARA STAND」。ギャラリー&喫茶店として営業していた建物を引き継いだ(提供:一般社団法人かかみがはら暮らし委員会)
上)「KAKAMIGAHARA STAND」誕生のきっかけになった「各務原マーケット日和」。自分の暮らしにプラスしたくなる「新たな出会い」の場をコンセプトに、食・音楽・アートなど2018年は過去最多の253店舗が出店(提供:各務原市)
そもそも、市内で美容室を経営する長縄さんをはじめ、それぞれ本業を持つ5名が、なぜ、暮らし委員会を立ち上げることになったのでしょう? そのきっかけとなったのは、年に1回文化の日に学びの森で開催されている各務原市主催のイベント「各務原マーケット日和」。2014年に第1回目が開催されたこのイベントは、当時、生涯学習部局に在籍していた廣瀬さんが企画したものでした。
「実は、学びの森と線路を挟んだ反対側にも、大きな公園(各務原市民公園)があるんです。各務原市民公園には図書館も遊具もあって、イベントにもそちらの公園がよく使われていました。芝生が広がる学びの森は、ある種、使い方が問われる空間なんですね。ランドスケープが美しいけれど、使い方がわからないから足が遠のく……。その結果、こんなに中心にあるのに利用されていない、知られていない場所になっていた。ちょうどその頃、生涯学習部局で既存のイベントをリニューアルしていいものにしていこうという話があったので、学びの森に足を運ぶきっかけづくりとして、様々な出店者が集うイベントとなる各務原マーケット日和(以下、「マーケット日和」)を企画しました」(廣瀬さん)
しかし翌年、廣瀬さんは生涯学習部局を離れることに。第2回、第3回とクオリティをキープしたまま続けていかなければ、イベントも学びの森もまちの人に広がっていきません。「文化的クオリティを行政内で引き継ぐのは難しい」と判断した廣瀬さんは、面識のあった長縄さんに相談。長縄さんたちが市民企画委員として運営を引き継ぐことになりました。
「引き継ぐことを決め、最初は、僕とセレクトショップのオーナーとで相談していたんですけど、やっぱりもっとイベントに通じている人の意見を聞きたいと思い、飲食店を営む夫妻に声をかけました。イベントを継続していくためには、“こういうイベントですよ”ってわかりやすく見せることも必要ですよね。そこできちんと自分たちでwebやデザインをして発信しようと、デザイナーにも声をかけたんです」(長縄さん)
マーケット日和は年を重ねるにつれ来場者も増え、2018年には過去最大の4万人の来場者を記録。しかし、長縄さんたちはある想いを抱えていました。
「マーケット日和が始まるまでは、学びの森は市内の人も来る理由がなく、まさにソフトがないハードだったんです。そこへ、マーケットを楽しみに、たくさんの人に来ていただけるようになり、ソフトができた。でも、イベントが終わった翌日から次に開催されるまでの1年間、また静かな場所に戻ってしまうのはもったいないなと……。1年に1回しか会えないなんて、織姫と彦星じゃないんですから(笑)。そう思っていたちょうどその頃、公園内でギャラリー兼カフェとして営業していたところが廃業する話を聞いたんです」(長縄さん)
年に一度のマーケット日和はいわば“ハレの日”。しかし、見方を変えると、1年のうち364日は日常である“ケの日”です。長縄さんたちはもっと日常のなかで学びの森に来る理由がつくれないかと、公園内にある廃業後のカフェ活用として、公園で過ごす時間を楽しむための新たなカフェスタンドを市に提案します。
こうして、公募によりテイクアウトベースのKAKAMIGAHARA STANDが選出され、運営にあたり一般社団法人かかみがはら暮らし委員会が設立されました。
「このチームの強みは何かというと、同時に物事を進められるんですね。誰かがトップでジャッジを下しているわけではなく、飲食、セレクトショップ、デザインそれぞれの経験とポジション、個性で物事を進めていき、時に相談したり、連携したりしながらチームの中で色んなことが同時にスピーディーに展開、そして広がっていきます。このメンバーだから信頼、任すことでき、ここまでこのやり方で色んなことをやって来られました」(長縄さん)
上)「学びの森」内のコーヒースタンド「KAKAMIGAHARA STAND」。(提供:各務原市)
下左)コーヒーはもちろん、蒸しパンやフィナンシェなどの焼き菓子も、公園で楽しめるようにテイクアウトベースで販売されている(撮影:小西七重)
下右)「KAKAMIGAHARA STAND」で行われている「寄り合い」。集う人たちが自由に語り合い、新しい活動に広がっていく(提供:一般社団法人かかみがはら暮らし委員会)
クラウドファンディングで募った約90万円と、融資約300万円の計約390万円(使用内訳:カウンターと水まわりの工事に約150万円、備品に約100万円、ランニングコストとして約140万円)の開業資金でKAKAMIGAHARA STANDをオープンした暮らし委員会。まず最初に取り組んだことは、マーケット日和のお客さんに、いかにKAKAMIGAHARA STANDを日常使いしてもらうかということでした。
「ロケーションがいいからお客さんが来るかというと、そうではありません。いちばん気をつけたのは、集客においてゼロイチをどれだけ苦労せずに進むかです。カフェだけではなく、たくさんイベントをやって複数の入り口をつくり、常に新しい人たちが関われるようにして、なんとなくこの場所から輪が広がったり、シェアしていく場をつくるようにしました」(長縄さん)
KAKAMIGAHARA STANDでは月に一度、参加した人たちで興味のあること、やってみたいことを自由に語り合うイベント「寄り合い」を開催しています。この寄り合いがきっかけで、参加者同士のつながりが生まれ、STANDカメラ部、STAND SAKE部、カカミガハラ読書部など、数多くの「部活動」が誕生。さらには、それぞれの部活動メンバーが企画・運営するイベントが生まれているのです。
部活動の中心となるのは、暮らし委員会ではなく、寄り合いに参加し、「こういうことがやりたい!」と手をあげた有志たち。イベント開催に必要な費用は有志が負担しますが、暮らし委員会も告知や運営のサポート役にまわります。
「僕は、まちづくりの主役は自分たちじゃないと思うんです。暮らし委員会は、関わる人たちのものであって、最初から“このまちを変えたい!”とか“地域を活性化したい!”という大命題を背負ってスタートしたわけではなく、“もっとこうしたら面白いよね”から始まっているので、イベントにしても何かフォーマット化されたものがあるわけではないし、完成していないからこそ、いろんな人が参加しやすいのかもしれません」(長縄さん)
年に一度のマーケット日和を楽しみにしていた人たちが、KAKAMIGAHARA STANDを媒介にして日常のなかに、それぞれの“ハレの日”をつくる。すると、カフェスタンドが提供するドリンクやお菓子は、彼らが公園を楽しむためのツールになる。こうしたサイクルが生まれつつある証拠に、休日にふらりと公園に足を運び、思い思いに楽しむ人の姿が増えていったのです。
「各務原市は、移住定住人口の増加につなげるため『各務原市シティプロモーション戦略プラン』を策定しているのですが、何かしらこのまちで活躍できる、何かを始めたい人や、欲しい暮らしを実現できる人に選ばれるまちでありたい。マーケット日和にしろ、KAKAMIGAHARA STANDにしろ、それぞれに役割があって、いいかたちでコミュニティができているんですよね。それはやはり、行政の一方通行ではなく、きちんと関わってもらえる余白を設けないと生まれないものだと思います。大きなイベントは年に1回とか、一過性のものになりがちですが、そこを入り口として“もう少し関わってみたい”と思ってくれた人たちが、新しいつながりを持てる暮らし委員会や寄り合いがあるというのは、非常に心強いです」(廣瀬さん)
上)改修前の「かもす食堂」。このときは誰がどう見ても、公園の“外”にある民家
下)改修後。公園と「かもす食堂」を隔てる垣根がなくなり、一見、公園の中にしか見えない(提供:すべて各務原市)
平日のお昼時、学びの森の一角に次々と人が吸い込まれていく場所がありました。入り口にはかもす食堂の暖簾がかかり、公園から中の様子を覗くと、縁側で楽しそうにちゃぶ台を囲むお母さんたちの姿が……。公園の一角に位置していながら、地図上では公園に属していない、不思議なお店です。
実はここは、長縄さんが2018年に各務原市の「空き家リノベーション事業」を活用してオープンさせたお店で、もともとは公園に隣接する民家でした。ちなみに、空き家リノベーション事業は、空き家を活用したい家主と、D.I.Y.をして自分らしい暮らしがしたい借主とのマッチングや契約を市がサポートしてくれる仕組み(実はこの事業も廣瀬さんが企画したものだそう)。この仕組みでは、賃料が固定資産税と火災保険料、修繕積立金を12ヶ月で分割した金額を基本とするため、支出を抑えられることも魅力です。
「公園でそれぞれの時間を過ごしてもらいたいと考えると、食の要素は100%必要になるのですが、KAKAMIGAHARA STANDはキッチンが狭く、フードの提供は難しい。それどころか、ストックヤードも確保するのが難しい状況だったんです。そこで市の方に相談して、紹介していただいたのがこの公園に隣接する物件でした。内見したときは、公園との間に垣根があったんですが、縁側に座って公園を見ながら食事ができたら素敵だし、ここをストックヤードにするにはもったいない!と、ここで“食でつながる”場をつくろうと決意しました」(長縄さん)
庭と公園を隔てる垣根がなくなったことで、公園の中でもなく、外でもない不思議な開放感を持つ「かもす食堂」が生まれました。それはどこか、課をまたいで音楽フェスやマーケットなど様々な企画を手がけてきた廣瀬さんと、あらゆる人が参加できる余白を持ちながら運営する暮らし委員会との関係性に通じるものがあります。
「かもす食堂を始めるにあたって、市の方が一緒にご近所の方々への挨拶まわりをしてくれたことはとても大きかったですね。市が関わっているという圧倒的な安心感が生まれるのと同時に、公園のなかでカフェをやっている人が携わっているんだということも理解してくださったので、近所の方にはとても優しくしていただきました。開店まもなくから地元の方や年配の方、子連れの方に多く来ていただいています。以前は、行政で相談できる人といえば廣瀬くんしかいなかったんですけど、少しずつ役所の中でもいろんなポジションで一緒に動いてくれる人が増えてきて。僕らの活動がスタートした頃にはなかった横のつながりが生まれているのかなとも思います」(長縄さん)
各務原マーケット日和があったことで、KAKAMIGAHARA STANDがゼロスタートではなかったように、かもす食堂もKAKAMIGAHARA STANDのお客さんにそのまま情報をスライドすることでゼロスタートを回避。オープンから約3ヶ月しか経過していない取材当日も、真冬の平日だというのに、店内は満席でした。ただ、それでも「収益性が良いとは言えない」と長縄さんは言います。
「かもす食堂のいいところでもあり、悪いところでもあるのが、平日と週末の売上がほとんど変わらないところなんです。席数に限りがあるのと、ランチ営業のみなので、1日40食が上限なんですよ。夜の営業も考えたいところですが、この地域には夜に外食する文化があまりないので……。ただ、地域のお金が大手チェーン店に消えていくのはもったいないので、きちんと“顔の見える消費”をつくっていきたいなと思います」(長縄さん)
上)公園をどう使ってよいかわからなかった人たちも、一度使い方がわかれば、自分なりの楽しみ方を見つけていく。「持参したハンモックで昼寝するお父さんの傍らで、ミニテーブルを広げて子どもが宿題している姿を見かけたこともあります(笑)」と長縄さん(提供:一般社団法人かかみがはら暮らし委員会)
各務原マーケット日和、KAKAMIGAHARA STAND、かもす食堂と、それぞれ属性の異なる“場”が連鎖するように生まれたのは、まち全体を時間軸も含めてマクロに捉える必要がある行政の視点と、それではどうしてもこぼれ落ちてしまうものをキャッチできた民間のミクロな視点が、お互いを理解しながら、目指す方向性を共有できたという点も大きい。
「これを言うと、元も子もなくなっちゃうんですけど、やっぱり廣瀬くんの存在ありきなんですよ。彼は自身で企画した音楽フェス『OUR FAVORITE THINGS』も10年間担当したりもしているし、僕からすると、廣瀬くんがどこの課にいようと関係ない(笑)。役場に入る前はDJをやっていたという柔軟なバックグラウンドを持つ公務員である彼を慕い、憧れる若手も多い。僕らも、自分たちの話を理解してくれたり、対話できる人がいるからやれている。ただ、最初にスタートした時点では廣瀬くんのなかだけで終わっていたんですけど、今はいろんなプロジェクトが課をまたぎ始めて、つながりはじめた。そうなったときに、行政同士の連携だけでは進まないんです。その接着剤として、民間が入り込んでいくことで、より良くなっていくと思います」(長縄さん)
「課を離れても企画にコミットしているのは、目的・手段・ベクトル補正をいちばん大切に考えているからですね。なぜ今それをやらないといかないのか? 目指す場所はどこなのか? それをどんな企画にしても、携わる方々ときちんと共有することを心がけています。また、市が主催するイベントや、発信するwebサイトなどは、いろんな人やデザイナーさんがそれぞれ携わっていても、狙って色を合わせるようにもしています。ひとつではなくて、いくつかハマるものがあると”各務原市っていいな”とか、”自分のやりたいことができるのはここなんじゃないか”と思ってもらえるはずですから」(廣瀬さん)
少しずつ公園の風景や、その周辺の環境も変わってきた今、それぞれの立場から新たな課題や展開も見えてきたと、長縄さんと廣瀬さんは言います。
「暮らし委員会の課題は、天候と季節に大きく売上が左右されるKAKAMIGAHARA STANDが今主要な財源になっているところですね。今後も公園とまちとの関係を深めていきたいし、新しい若い人にも関わってほしい。“まちを楽しくすることが仕事になるんだ!”と思えるまちのほうが魅力的だと思うんです。そのためにも、例えば、空き家を活用するのは誰もが上手くできることでもないので、行政の事業を踏まえた上で人と場所をつなげていくとか、“欲しい暮らし”をつくるときにコーディネーターのような役割を担うことも、今後は考えていきたいですね」(長縄さん)
「この周辺にはかもす食堂以外にも、2軒ほど空き家を活用したお店ができているんです。今後5年は行政としても、エリア価値を高めていくために、どう取り組んでいくかが課題になると思います。実際に、学びの森と線路を挟んだ各務原市民公園とをコンテンツでつないで回遊性をつくる計画も立てています。子どもも大人も惹きつけられるコンテンツを生み出していくのが今度の課題ですね」(廣瀬さん)
各地で起こり始めている公園の変化。学びの森に生まれた新しい日常の風景の奥に、今私たちが参考にしたい、各務原市ならではの公民連携の仕組みが育っています。
Writer
小西 七重
コーヒースタンド&食堂
2019.12.26更新
岐阜県各務原市那加雲雀町10-4
【KAKAMIGAHARA STAND】
岐阜県各務原市那加雲雀町10-4
10:00〜19:00(L.O.18:30)
定休日:木曜
【かもす食堂】
岐阜県各務原市那加桜町3-202-2
11:00〜14:00
定休日:木曜
一般社団法人かかみがはら暮らし委員会