ReReRe Renovation!

若手の商いが生まれる。
商店街を舞台に動き出すまちづくり

月1マーケット/柳ケ瀬商店街 岐阜県岐阜市

柳ケ瀬商店街ってどんなところ?

杉田 映理子

Writer杉田 映理子

かつて全国有数の繁華街として栄えた岐阜市「柳ケ瀬商店街」。名古屋駅から在来線で20分ほど、岐阜駅から北へ1kmほどのエリアに四方に広がるアーケードの下には、今でも昭和の面影を残す商店街が広がっています。

 

この柳ヶ瀬商店街で毎月第3日曜日に開催されている「SUNDAY BUILDING MARKET」を手がけるのは、同エリアにて数多くのまちづくり事業や遊休不動産のリノベーション事業を手がける建築デザイン事務所「ミユキデザイン」の末永三樹さんと大前貴裕さん。彼らの活動を通して見えてくる柳ケ瀬商店街のまちづくりを追いかけました。

 

上)「SUNDAY BUILDING MARKET」には、県内外から4,500人ほどが集まり、毎月、柳ケ瀬がもっとも賑わう日となる(提供:さかだちブックス)

柳ケ瀬商店街ができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯で始まった

商店街に若者を。手探りで始まった最初のイベント「ハロー!やながせ」

左)シャッターを下ろした商店が多いものの、現在も市民の生活を支える柳ケ瀬商店街。
右)ミユキデザインの末永三樹さん(左)と大前貴裕さん(右)のオフィスには、柳ケ瀬商店街周辺エリアの地図が一面に広がる(撮影:すべて杉田映理子)

ミユキデザインのお二人が柳ケ瀬商店街のまちづくりに深く携わるようになったのは、今からおよそ8年前。大前さんが岐阜市商店街活性化プロデューサーに就任したことがきっかけでした。

大型店舗の撤退や郊外の開発を背景に、空き店舗が目立ち、若者の姿が消えていく商店街の景色を目の前に、ミユキデザインさんをはじめとする商店街の有志メンバーたちの間には「商店街に若い人を呼びたい」という想いが浸透していました。何か若者向けのイベントができないかと考えていたといいます。

しかし、柳ケ瀬商店街は複数の商店街振興組合で構成されているため、当時思い描いていたような、カルチャーが好きな若者が集まるイベントは組合事業には向いていないと判断。そこで、商店街振興組合としてではなく、価値観の近い若手メンバーで独自の企画運営チームを組むことに。そうして2013年に始まったのが、若い世代をターゲットに商店街を回遊させ、柳ケ瀬の魅力を発信するイベント「ハロー!やながせ(以下:ハロやな)」です。

STEP 02 マーケットをつくる

年に1度の「ハロやな」から、月に1度の「サンビル」へ

上)初めての取り組みに手探り状態でスタートした「ハロやな」。(提供:ミユキデザイン)

若い人を呼び込み、同時にその若い人たちには、若い人たちのお店をまわって欲しいという目的で、若い店主の店舗を紹介するマップと柳ケ瀬の新旧のお店や人を紹介したリトルプレス『柳ケ瀬BOOK』も制作。1店舗ずつ直接足を運び、マップ制作費として協賛金も募りました。さらにイベント性を高めるために「本とまち」をテーマに掲げ、地域の古本屋「徒然舎」を中心に一箱古本市を開催。「ハロやな」の目玉企画として運営をしました。

当時の柳ケ瀬エリアでは若手店主のつながりはそれほど強くなかったため、商店街の若手メンバーが協力して新しいイベントをする取り組み自体が新鮮だったといいます。また、商店街の組合事業として行う場合、マップなどの制作物は全店掲載が前提条件となりますが、自主企画であるため、主催者の価値観で商店街を編集し、今までにはない視点で発信することができました。

しかし、2年目を終えたころ、運営メンバーには疲れが見え始めていました。イベントの運営資金はメンバーの持ち出し、さらに全員が本業で働きながらの参加となり、1年に1度とはいえ時間的な制約もありました。そんななかで開催を重ねてきたものの「1年に1回のイベントでは、当日の賑わいはつくれてもまちが変わることはない……」と、新たな課題を意識するようになったのだそう。そんな経緯から3年目を終えたところで「ハロやな」は終わりを迎えます。

「やめる」という選択は、ネガティブな響きに聞こえますが、メンバーが納得したうえでの選択だったため、前向きなかたちでの区切りでした。実はそこには、メンバーたちの新たな決意があったのです。それが、年に1度の「ハロやな」から、月に1度のマーケット「SUNDAY BUILDING MARKET(以下:サンビル)」への移行でした。

STEP 03 事業戦略をたてる

「市(いち)」をまちに定着させる

上)「サンビル」当日。20〜30代のお客さんを中心に賑わう(提供:さかだちブックス)
下左)2019年でスタートから丸5年。「サンビル」の景色は商店主や市民にも定着してきている(提供:さかだちブックス)
下右)出店者は毎月およそ150店舗。毎月出店者が変わるので、毎回通っても楽しめる(撮影:杉田映理子)

1年に1度のイベントでまちを変えることに限界を感じるなかで、大切なのは「イベントの賑わい」でなく、「まちのお客・ひいてはまちファンをつくること」が重要であり、「市(いち)」にはその可能性があることに気づきます。そこで、月に1回にあえて頻度を高め、こだわりの作り手が集まるマーケット「サンビル」を2014年9月にスタート。2015年の「ハロやな」と「サンビル」の同時開催を経て、「サンビル」に完全移行しました。

初めての「サンビル」では出店者50店舗、来場者数3,000人を目標に商店街に新しい景色をつくり始めました。飲食店や木工やアクセサリーといったクラフト系の作家を対象としてSNSとフライヤーを利用して出店者を公募したほか、東海エリアの集客が見込める人気店に直接オファーをかけました。滑り出しの手応えは上々。半年の間に出店者数は100店舗を超え、人気の飲食店では売り切れが出るほど反響があったそうです。

しかし、「ハロやな」時代から解決できていない問題点もありました。それは運営スタッフの時間的な制約です。年1度のイベントでさえ時間の捻出が厳しいと感じていたなか、月1のイベントとなれば、徹夜する日もあったほど。最初は未来へのエネルギーの投資という考え方でなんとかやりくりしていましたが、現実的な継続に向けたスタイルを考えるように。ボランティアスタッフを募り、少しずつ運営側の負担を軽減させていきました。

また、もう一つの大きな課題であったのが、資金面。それを、運営体制を整えることでクリアすることに。「ハロやな」の頃には避けていた組合事業を採用し、「商店街の中に自分たちが動きやすい環境をつくり出すこと」を意識するように。初年度は柳ケ瀬商店街振興組合連合会とともに実行委員会を発足しました。そうすることで、フライヤーの印刷費は商店街の助成金から捻出したり、商店街の備品をうまく活用したりすることが可能になりコストダウンに成功。印刷物を最小限に抑え、備品に関しては得意の「あるものでつくる」を活かす形に。資金繰りはすべて出店料(4,000円〜5,000円×150店舗)でまかなっています。

STEP 04 まちへ波及させる

「つくる人」が集まれば、まちはおもしろくなる

上)ミユキデザインが企画・運営に関わるシェアオフィス「まちでつくるビル」。1階のカフェバー「mirai」では、毎月岐阜の蔵元を招いた利き酒イベント「笹の会」が開催されている(提供:さかだちブックス)
下左)新たにスタートした美殿町の「つくる市」では、物販だけでなく「つくる」を体験するワークショップも開催(撮影:さかだちブックス)
下右)「つくる市」の出店者募集用チラシとフライヤー(撮影:杉田映理子)

2014年に柳ケ瀬でサンビルがスタートする半年ほど前から、柳ケ瀬のすぐ東側美殿町商店街では「美殿町つくる市(以下:つくる市)」がスタートしていました。名前の通り、クリエイターやデザイナーなど「つくる人」が集うマーケットです。これはミユキデザインさんが手がけたシェアオフィス「まちでつくるビル(以下:まちビル)」から、周囲にある空き物件への入居者募集や、第二の「まちビル」をつくることを目的として行われました。

「柳ケ瀬周辺の古い建物を新しい人たちに使ってもらえたらいいな、と思い描いていました。でも、シェアオフィスだと知り合いの知り合いくらいの人しか来ないから、入居者をどこから集めて来たらいいのかがわからなくて。『つくる市』は、新しいつくり手との出会いやおもしろいことが始まることを期待して始めました」と大前さん。

実際にオフィスの入居まで直結させるのは簡単なことではありませんでしたが、「つくる市」で出会ってから未だに付き合いのある人もいるのだそう。「自分でつくったものを売りたい」という創業意識の高い人が集まってくると、まちはおもしろくなる。そんな仮説を実証したのが「つくる市」だったのです。

「振り返ってみると、若いお客さんに焦点を当てた『ハロやな』、つくり手に焦点を当てた『つくる市』、この2つが合体したのが『サンビル』だったのかもしれないね」と大前さん。当時はあまり意識していなかったそうですが、3つの「市」は決して独立したものではなく、ステップを踏む過程で必然的に生まれたものだったのです。

STEP 05 事業を連動させる

絡み合う複数事業がまちをつくる

上)同エリアでミユキデザインさんがディレクションする「ロイヤル40」は、今では珍しいフィルム映画館が入ったビル。2階はシェアアトリエ、1階にはアパレルや飲食などの店舗が並ぶ(提供:さかだちブックス)
下左)「ロイヤル40」の2階にはつくるビルに入居していたクリエイターや柳ヶ瀬で活動している作家が新たに入居。シルクスクリーンや缶バッチを制作するワークショップが楽しめる(提供:さかだちブックス)
下右)同じくミユキデザインさんがディレクションする「カンダマチノート」2階の「喫茶星時」。まちの人や入居者の交流の場として機能している(撮影:杉田映理子)

「まちビル」の他にも、同じく空きビルをリノベーションしたシェアアトリエ「カンダマチノート」やショップ機能を持つ「ロイヤル40」など、柳ケ瀬エリアで複数のリノベーション事業を手がけてきたミユキデザインさん。月1マーケットの「サンビル」を含め、それぞれの事業を連動する形で運営しています。これらの複数事業を同時進行するうえで、サンビルの運営メンバーを役員として、商店街有志の出資を受け、2016年12月に発足した民間まちづくり会社「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」の存在も大きな原動力となっています。

例えば、2017年にグランドオープンした「ロイヤル40」はもともと「サンビル」の際に特別企画のスペースとして使われていた場所。週末限定ショップを2015年11月〜2017年3月の17ヶ月間開催したのち、11区画に固定の店舗・アトリエが入居できるシェアビルへとリノベーションしました。

期間限定の特別企画は集客力はありますが、イベントと同様にその日限りのもので、その後の出店には繋がりにくいのが課題です。「サンビル」で月に1回は一定数の集客が見込めるという実績があったため、それを基盤に少なくとも月の固定費(スタートアップを意識した小さな区画は3〜6.5万円)だけでも払えると見込める出店者に声がけをしていきました。

ミユキデザインさんが努めたのは、家賃をできる限り抑え、シェアという環境を整えることによって出店のハードルを下げること。そうすることで、「お店をやってみたい」という人がチャレンジ可能な場になればと考え、入居者集めを行いました。しかし、実際に入居者したのは、意外にもサンビル出店者はなく、サンビルを知りつつ柳ケ瀬の外で活動していた方が中心でした。

「もっとチャレンジングな出店が増えるとまちはおもしろくなっていくだろうというのが本音です」と語ります。

STEP 06 未来の理想像を描く

商売を続けたい、そう思えるステージをつくる

「サンビル」が5年目を迎え、柳ケ瀬はこれからどんな未来に向かっていくのでしょうか。大前さんは「サンビル」の理想の姿を“インフラ”に例えます。

「マーケットを流行と捉えればそれまでかもしれませんが、古くからの朝市や縁日のように、まちにとって当たり前の風景にしていきたいというのがわたしたちの想いです。そのためには、必ずしも同じメンバーで続けることが正解ではありません。少しずつ若い世代を取り込んでいくのであれば、運営側も次の世代に託したり、社会の風潮に合わせてがらっと雰囲気を一変したりすることもあるかもしれません」

柳ケ瀬商店街のまちづくりを通して、ミユキデザインさんが挑戦しているのは「買い物のあるべき姿の実験」。得意とするマーケットやシェアオフィスという手法で出店のハードルを限りなく下げることで、商店街の中での生業づくりの仕組みを実験しながらデザインし、まちへと波及させています。

「今は市民権を得ているマーケットイベントから人が離れたとしても、人とやりとりしないと食べ物も洋服も買うことはできない。お金を使うことや商売をすることの理想の姿の追及をこの場所で人やまちの温度を感じながら続けることが活動の意味で、わたしたちが望むことがあるとすればこのまちで商売を続けることがすごくいいなって思ってもらうことかな」と、お二人はわくわくした様子で言います。

ミユキデザインさんの取り組みをはじめ、まちの人たちの地道な努力により、一度は賑わいを失った柳ケ瀬商店街が今、少しずつ若い世代の声を取り戻し始めています。商店街で生業をつくり、商売を続ける土壌が整い始めている先に、「買い物を通したコミュニケーションの場」としての柳ケ瀬商店街の日常がどう変わっていくのか。今後の柳ケ瀬の動きからも目が離せません。

杉田 映理子

Writer

杉田 映理子

1994年東京生まれ岐阜在住。岐阜のローカルメディア「さかだちブックス」で主に編集とライティングを担当する。

月1マーケット

柳ケ瀬商店街

2019.8.6更新

  • 住所

    岐阜県岐阜市美殿町43 4F

  • URL

    http://miyukidesign.com/

  • OPEN

    ●SUNDAY BUILDING MARKET
    毎月第3日曜日 開催

  • 運営

    柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社

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