ReReRe Renovation!

オーナーの決断が街を変える
築60年の崩れかけ商家の復活劇

カフェ・レンタルスペース/三木屋 福岡県北九州市

三木屋ってどんなところ?

倉内 由美子

Writer倉内 由美子

小倉魚町の中でもひときわ賑わう銀天街商店街から、少し入った路地裏に三木屋はあります。見落としてしまうほどの小さな門。その門をくぐり人とすれ違うのもやっとな狭い路を抜けると、突然、ぽっかりと空が広がる空間が現れます。

 

約60年前に建てられた日本家屋を、もとの建物の良さを大切にしながらリノベーション。もともと住居だった建物に紡いだ記憶と空間が醸し出す魅力に、足を運ぶ人が後を絶ちません。

 

“リノベーションまちづくり”を実現させるには、志のあるオーナーさんの存在が欠かせません。生まれ育ったまちを大切に思うオーナーさんと、場所や建物の歴史や価値を大切にしながら実現されたリノベーションの物語をお伝えします。

midashi01

三木屋ができるまでのストーリー

STEP 01 こんな場所から始まった

まちの繁栄の歴史を、色濃く残す場所

上)賑わう魚町銀天街。昭和30年前後と見られる(提供:We Love 小倉協議会)
下)改修前の三木屋の様子。2つの建物が庭を挟んで向かい合うように建っていた(撮影:リノベーションスクール)

いまの「三木屋」はかつて、表通りに面した商店と裏の住居が細長く連なる商家でした。カフェになっている部分はかつての住宅の部分です。現オーナーの三木さんのおじいさんが昭和30年頃に建てた商家は、昭和に栄華を極めた小倉を象徴する豪奢な造りで、地域の人がお見合いをするのに使われるほどだったそうです。

この場所で「三木屋金物店」の屋号で商売を営み生活をしていた三木さんご家族は、商売を閉じると同時に郊外へ引っ越しました。表通りに面した商店は建て替えられテナントビルとなり、奥に位置する住居部分は小倉の中心地でひっそりと残ることとなりました。

引っ越し後の約15年間は、表のテナントビルに自らテニスショップを構えていたため、奥の住宅の手入れもできました。しかし、テニスショップを移転させた後、住宅はほとんど手付かずの状態に。三木さんは、何とかしないといけないと思いながらも、壊すのか改修して使うのか、建物の用途を決めきれずにいました。

STEP 02 計画を練る

「建物を残す」決断の後押しをした
リノベーションスクール

左)事業計画をつくるため、さまざまな議論が行われた
右)イベントスペースへのリノベーションを提案したプレゼンテーション資料(提供:いずれもリノベーションスクール)

三木さんが建物を壊すか改修するか決断できずにいたところ、町内の知り合いから「リノベーションスクールの課題物件にしてみないか」と勧められます。一人で思い悩んでいた三木さんは、建物の活用方法を決めるなんらかの手立てになるかも、とスクールの課題物件として提供することにしました。

実は、小倉魚町にこうした昔の立派な日本家屋が残っているとは、若い人にはほとんど知られていません。2012年に行われた「第2回リノベーションスクール@北九州」では、三木さんの持つ昔の住宅を、たくさんの人に知って使ってもらい、まちの人が自ら使い方を考える「レンタルスペース」にしてはどうか、という提案が生まれました。

公開プレゼンテーションに足を運んだ三木さん。この提案を聞いて、今ある建物を活かして使っていくことを決意します。こうして三木屋の再生がスタートすることになりました。

STEP 03 建物の価値を最大限に

人と人とをつなげる、
「うおまちのにわ」

上)「お掃除ワークショップ」の様子。近所のお店から、小倉名物の焼きうどんが振舞われたり、プロジェクターで建物の壁に映像を映したり、ちょっとしたお祭りのようだった。オーナーの三木さんは、学生たちのパワーを目の当たりにして「自分でも何かしたくなってきた」そう(撮影:遠矢 弘毅)
左下)膨大な物を、ひとつひとつ丁寧にアーカイブ(撮影:遠矢 弘毅)
右下)リノベーション後の三木屋の中庭。解体の際に出てきた基礎の石なども再利用した(撮影:倉内 由美子)

まず初めにしたことは「お掃除ワークショップ」です。もはや物置のようで人がまともに入ることもできない住宅部分に手を入れます。集まった30人ほどの学生たちと一緒に大量の物を整理しながら、これから活用する際に役立ように、建物の姿や昔の雑貨類をひとつひとつ撮影しアーカイブしました。

築60年を超える木造の商家は、老朽化が目立つものの、現役の頃の面影を残していました。母屋部分はもとの姿をできる限り残し、最小限の補修を行うことに。他の傷みがひどい箇所は撤去して減築し、庭にすることにしました。こうして、約1,000万円をかけてリノベーションを行いました。

完成した三木屋は、最初の一年間は北九州家守舎が、その後は三木さん自らが、庭も含めた空間全体をレンタルスペースとして運営することになりました。オープニングイベントを地元のレストランが取り仕切り、そこに参加して場所の魅力に共感した人が次にイベントを行い……。「三木屋」が人と人とをつないで、「うおまちのにわ」として共有されていきました。

パーティーやギャラリースペースとしての利用の他にも、落語や演劇、ミニコンサートなどでもまちの人から利用され始め、地域の文化交流拠点として、多くの地元の人に利用されるようになります。

STEP 04 ビジネスとして成立させるために

場所の存続のために、
オーナー自らがカフェの運営を決意

旬の素材を使ったヘルシーなメニューを、落ち着いた空間で味わうことができる(提供:三木屋)

長い休眠から目覚め、多くの人が訪れるようになった三木屋。しかし、運営しているうちに、レンタルスペースとしての問題点も見つかるようになりました。当初目指していたレンタルスペースだけでは定期的・継続的に使ってもらうことが難しかったのです。また、管理者が常駐していなかったため、利用者へのマナーの周知、鍵の管理や、掃除の問題などが持ち上がりました。

このまま何もしないでいたら、また無人の場所に戻ってしまうかもしれない。増え続ける見学者のニーズにも応えるため、三木さんはもともと挑戦してみたかったカフェを自らオープンさせることにしました。

三木屋カフェは、季節の食材をふんだんに使ったランチプレートやスムージーなどのカフェメニューと、場所の魅力も重なって、平日もすぐ満席になるほどの人気店に。県外からも足を運ぶ人も増えました。リノベーションスクールの案件化から再度、オーナーの決断が場所の存続の道を切り開くこととなりました。

STEP 05 個店が輝いていることが、まちの魅力の原点

魅力ある個店をつくることは、
まちで商売する人の使命

左)オーナーの三木さん。「建物をどうにかしたいと思っている他のオーナーのためにも、リノベーションの良いところもそうでないところも伝えていきたい」と話す(撮影:倉内 由美子)
右)第二の現役時代を迎え、多くの人が訪れる三木屋。こちらは11月に開催された「リノベーションEXPO2015」の様子(提供:タムタムデザイン)

建物再生、ひいては地域再生の大変有効な手段として注目されるリノベーション。しかし、ハードをいくら整えても、それを使い続ける人がいなければ場所は存続できません。「作ったら終わり」ではなく、作ってからが本当の始まり。場所を使う人のことを思い、場所の未来までを展望した事業計画が不可欠と言えます。

「オーナーはずっとその場所にいて、経営し続けなければならない。最初を作ってくれた人にいつまでも一緒にやってもらうのは難しいこと。建物を再生してくれた人たちに、作って良かったと思ってもらえるよう続けていきたい」と、三木さんは話します。

「場所や建物を活かし直したい」というオーナーの気持ちが、魚町を代表するカフェとして結実した三木屋。「魅力ある個店をつくることは、まちで商売する人の使命」と三木さんは言います。建物のオーナーであり、このまちで商売を営む一人として、三木さんの志は今日も輝き続けています。

建物の活用について新しい可能性を示すこと。オーナーさんに、単なる所有者に留まらない建物への関わり方をしようと思ってもらうこと。”リノベーションまちづくり”の大きな、そして大切な役割は、建物を変えることだけでなく、それに携わる人たちの意識が変わるきっかけとなるところにあるようです。

倉内 由美子

Writer

倉内 由美子

リノベーションまちづくりセンターのスタッフとして北九州のリノベーションまちづくりに携わる傍ら、ナツメ書店店長を務める。

カフェ・レンタルスペース

三木屋

2016.3.30更新

  • 住所

    福岡県北九州市小倉北区魚町3丁目2-5

  • TEL

    093-541-6661

  • URL

    http://mikiya-uomachi.jp

  • OPEN

    11:00〜21:00(日曜日は18:00まで)
    定休日:水曜日・第2日曜日(レンタルスペースは無休)

ページトップへ